こじまいづみさんのプロフィール|実家や家族構成、夫との結婚、息子とのエピソードまで紹介
「あ~よかった」「さよなら 大好きな人」などのヒット曲で知られる女性デュオ「花*花」。そのメンバーとして、温かく力強い歌声を届けてきたのが、こじまいづみさんです。
2025年には花*花がメジャーデビュー25周年を迎え、2026年3月にはサンミュージックプロダクションへの移籍も発表されました。現在も第一線で音楽活動を続けています。(ストーリーウェブ)
今回は、こじまいづみさんのプロフィールをはじめ、実家や家族構成、結婚した夫、息子さんとの生活、さらに意外なエピソードまで詳しくご紹介します。
こじまいづみさんのプロフィール
こじまいづみさんは、1976年4月6日生まれ、兵庫県高砂市出身のシンガーソングライターです。2026年9月現在は50歳。血液型はO型で、「花*花」ではボーカルとピアノを担当しています。(サンミュージック)
幼いころからピアノに親しみ、中学生のころにはゴスペルと出会いました。その後、音楽の道へ進み、おのまきこさんと「花*花」を結成します。(サンミュージック)
2000年7月、「あ~よかった-setagaya mix-」でメジャーデビューすると一気にブレイク。同年にはNHK紅白歌合戦にも出場しました。
続く「さよなら 大好きな人」も大ヒットし、花*花は2000年代を代表する女性デュオの一組となりました。2003年に活動を休止しますが、2009年に再始動しています。(UNIVERSAL MUSIC JAPAN)
花*花の活動休止中も、こじまさんは音楽から離れたわけではありません。ソロライブやワークショップなどを行い、ソロアルバム「PICTOGRAPH」「閏」も発表しています。(サンミュージック)
そして2026年3月1日付で、花*花はサンミュージックプロダクションへ移籍。デビューから四半世紀を超えても、新しいステージへ進み続けています。(ストーリーウェブ)

こじまいづみさんの実家は兵庫県高砂市
こじまいづみさんの出身地は兵庫県高砂市です。
高砂市の公式情報では、さらに詳しく「高砂市高砂町」出身と紹介されています。現在、こじまさんとおのまきこさんは「高砂市応援大使」も務めています。(高砂市公式ウェブサイト)
つまり、こじまさんにとって高砂市は単なる出身地ではなく、大人になった現在もつながり続けている大切な故郷なのでしょう。
また、こじまさんとおのまきこさんは、小学生時代に同じ児童合唱団に所属していました。ただし当時から大親友だったわけではなく、お互いに「いたのは知っている」という程度だったそうです。
高校卒業後、神戸市の音楽専門学校で再会したことから、後の「花*花」へとつながっていきました。(神戸新聞)
幼いころから歌に触れられる環境が、後の音楽人生の原点になったことは間違いなさそうです。
実家の家族構成は?
こじまいづみさんの実家について調べると、父親、母親、兄弟姉妹について詳しく語った信頼できる公開資料は、現時点ではかなり限られています。
そのため、「父親は○○」「兄弟は○人」といった情報を根拠なく書くのは避けたいところです。
一方、1995年の阪神・淡路大震災の際には、こじまさんとおのさん双方の高砂市の実家は無事だったと伝えられています。
当時、こじまさんが通う予定だった神戸の学校は校舎が全壊。入学式は延期され、鉄道も寸断されたため、複数の路線を乗り継ぎ、焼け跡の残る街を歩いて学校へ通ったそうです。(神戸っ子)
20歳前後という多感な時期に経験した出来事だけに、その後のこじまさんの音楽観にも少なからず影響したのではないか、と感じさせるエピソードです。
なお、ご家族のプライバシーもありますので、公開されていない実家の家族構成については「不明」としておくのが正確です。
こじまいづみさんは結婚している?夫はどんな人?
こじまいづみさんは結婚されています。
2005年にギタリストの男性と結婚したことが、当時の報道で確認できます。(日刊ゲンダイDIGITAL)
一部のプロフィール記事などでは夫について「ギタリストの菱沼カンタさん」と紹介されていますが、今回確認できた主要報道では夫を「ギタリスト」とする記述まででした。そのため、夫のお名前については情報源によって確認度に差がある点には注意が必要です。(アメーバブログ(アメブロ))
そして2007年ごろには長男が誕生。2009年のスポニチの記事では、こじまさんが1歳半の男の子を育てる母親であることが紹介されています。(スポーツニッポン)
夫の一言がこじまいづみさんを変えた
こじまさんの結婚生活について、とても印象的なエピソードがあります。
結婚した当初のこじまさんは、家のことを何でも自分でやろうとしていたそうです。
「奥さんはこうあるべき」「お母さんはこうあるべき」という思いを自分自身に課してしまい、何度も失敗したとインタビューで振り返っています。
そんなこじまさんに、夫が「なんのために家族がいると思っているんや!」という趣旨の言葉をかけたそうです。
この言葉をきっかけに、こじまさんは夫や姑さんなど周囲の人を頼るようになったと語っています。(リビング京都)
何でも完璧にやろうとしていた人が、「人に頼ってもいい」と考えられるようになったわけですね。
仕事と育児を両立する人にとっても、共感できるエピソードではないでしょうか。
姑さんとの関係も良好
さらに意外なのが、お姑さんとの関係です。
夫が仕事で数日間家を空ける場合には、京都市内に住んでいた姑さんに泊まりに来てもらうこともあったそうです。
こじまさん自身も、それがとても助かっていると明るく語っています。(リビング京都)
「嫁と姑」というと難しい関係を想像する人もいるかもしれませんが、こじまさんの場合は、子育てを助けてくれる心強い存在だったようですね。
息子さんが生まれて「世界が広がった」
子育てに対するこじまさんの考え方も印象的です。
一般的には「子どもが生まれると自由な時間が減り、世界が狭くなった」と感じる人もいます。
ところが、こじまさんはむしろ逆だったそうです。
息子さんを通してママ友や地域の人々とのつながりが生まれ、世界が広がったとインタビューで語っています。
子どもが保育園で熱を出したときには、友人が代わりに迎えに行き、こじまさんが帰るまで預かってくれることもあったそうです。(リビング京都)
音楽の世界だけで生活していた時代とは違う、人と人との新しいつながりを、母親になったことで得たのでしょう。
意外なエピソード① 東京に引っ越さなかった
花*花が大ブレイクした当時、活動の中心は東京になることも多かったはずです。
しかし、こじまさんは京都を生活の拠点としていました。
忙しいデビュー当時でさえ、新幹線で東京へ通っていたことを本人が明かしています。(リビング京都)
芸能活動が忙しくなると東京へ移るというイメージがありますが、自分に合った生活環境を大切にしてきたところは、こじまさんらしいですね。
意外なエピソード② 大ヒットしたのに戸惑っていた
「あ~よかった」が大ヒットし、一気に人気アーティストとなった花*花。
普通なら「夢がかなった!」と大喜びしていたのかと思いますが、本人たちの感覚は少し違っていました。
こじまさんは後年、物事があまりにも「トントン拍子」に進みすぎて、逆に戸惑うことが多かったと振り返っています。(日刊ゲンダイDIGITAL)
突然、大勢の人から知られる存在になるというのは、本人にしか分からないプレッシャーがあったのでしょう。
意外なエピソード③ 人気絶頂期に活動を休止
花*花は2003年に活動を休止しています。
こじまさんは後に、「生活から歌を作るタイプ」でありながら、忙しすぎて肝心の生活そのものがなくなってしまったことが活動休止につながったと説明しています。(スポーツニッポン)
これは、こじまさんの音楽を理解するうえで重要なポイントです。
仕事のために生活するのではなく、「生活の中から音楽が生まれる」。
だからこそ再始動後は、音楽を生活の一部として無理なく続けたいという考え方に変化したようです。(スポーツニッポン)
大ヒットを経験した歌手が「もっと売れたい」ではなく、「ちゃんと生活したい」という方向へ進んだところは、意外であると同時に、こじまさんの楽曲が身近に感じられる理由なのかもしれません。
面白いエピソード|花*花の最初の名前は「RINSE」
実は「花*花」という名前になる前、二人は「RINSE(リンス)」という名前で活動していました。(アメーバブログ(アメブロ))
現在の「花*花」の柔らかいイメージからすると、「RINSE」というユニット名だったというのはなかなか面白いですよね。
その後「花*花」に改名し、2000年のメジャーデビューへとつながっていきました。

50歳を迎えても現役の「花*花」
1976年4月6日生まれのこじまいづみさんは、2026年に50歳を迎えました。
花*花は2025年にメジャーデビュー25周年を迎え、全国ツアーを開催。さらに2026年には所属事務所を移籍し、新しい活動へ踏み出しています。(神戸新聞)
若いころの大ブレイク、活動休止、結婚、出産、子育て、そして再始動。
さまざまな経験を重ねながら歌い続けているからこそ、現在のこじまさんの歌には、デビュー当時とはまた違った深みがあるのでしょう。
まとめ|こじまいづみさんは家族と日常を大切にする音楽家
こじまいづみさんについて調べてみると、「さよなら 大好きな人」を歌っていた花*花のメンバーというだけでは見えてこない、興味深い人生が見えてきます。
兵庫県高砂市で育ち、幼いころから音楽に親しみ、花*花として大ブレイク。一方で、あまりにも忙しくなったことで一度立ち止まり、その後は結婚や出産、子育てを経験しながら音楽活動を再開しました。
特に印象的なのは、「何でも自分でやらなければ」と思っていたこじまさんが、夫の言葉をきっかけに家族や周囲を頼れるようになったというエピソードです。(リビング京都)
華やかな芸能界にいながら、家族や地域とのつながり、そして日々の暮らしを大切にする。その姿勢こそ、こじまいづみさんの歌が長く愛されている理由の一つなのかもしれません。
こじまいづみさんの性格は?インタビューから見える「自然体・芯の強さ・人を頼れる柔軟さ」を深掘り
「あ〜よかった」「さよなら 大好きな人」などのヒット曲で知られる「花*花」のこじまいづみさん。
柔らかな歌声や親しみやすい雰囲気から「穏やかな人」という印象を持っている方も多いかもしれません。しかし、これまでのインタビューをじっくり読み込んでみると、単に「優しい」「おっとりしている」だけでは説明できない性格が見えてきます。
むしろ、こじまさんは「自分が納得できないことには無理に合わせない」「必要なら立ち止まる」「年齢とともに自分を変えていける」という、かなり芯の強い女性だと感じられます。
今回は、こじまいづみさん本人が語った複数のインタビューをもとに、その性格を深掘りしてみました。
なお、以下は性格診断ではなく、あくまで本人の発言や行動から読み取れる人物像についての考察です。
こじまいづみさんの性格を一言で表すと?
こじまいづみさんのインタビューを長い期間にわたって見ていくと、特に目立つのが次のような特徴です。
- 自分の感覚を大切にする自然体な人
- 意外なほど頑固で芯が強い
- 自分を客観視できる
- 完璧主義だった一面がある
- 人を頼ることを覚えた柔軟な人
- 成功や知名度に執着しない
- 好奇心と行動力がある
- 長い人間関係を大切にできる
- 年齢と経験によって考え方を更新できる
特に興味深いのは、「若いころ」と「現在」で性格の根本が変わったというより、同じ性格を上手に扱えるようになったように見えることです。
ここを詳しく見ていきましょう。
性格① 自分を曲げてまで周囲に合わせない「芯の強さ」
こじまさんを理解するうえで重要なのが、「自分たちは自分たち」という感覚です。
花*花がブレイクした当時、「癒し系」として受け止められることもありました。
しかし、本人たちにとっては「人を癒すための音楽を作っている」という感覚ではなかったようです。
こじまさん自身、世間が求めるイメージに合わせて器用に曲を作るタイプではなかったという趣旨の発言をしています。(週刊女性PRIME)
これは、かなり興味深いところです。
売れ始めたアーティストであれば、「世間が求めているイメージをもっと出そう」と考えても不思議ではありません。
ところが花*花は、そうしませんでした。
こじまさんには昔から、
「求められている自分」より「自分が納得できる自分」
を優先するところがあるのではないでしょうか。
一見すると穏やかですが、内側にはかなり強い芯を持っている女性だと考えられます。
性格② 成功しても浮かれない、意外に冷静なタイプ
こじまさんの性格をよく表しているのが、花*花が大ブレイクしたときの反応です。
「あ〜よかった」が注目され、その後もヒットが続くという、アーティストにとって夢のような展開でした。
ところが、こじまさんは後年、あまりにもトントン拍子に進むため、むしろ戸惑っていたと振り返っています。(日刊ゲンダイDIGITAL)
さらに25周年のインタビューでも、デビュー直後の急激な環境変化について語っています。(Real Sound|リアルサウンド)
ここから見えてくるのは、成功に酔うタイプというより、
「今の自分は本当にこれでいいのだろうか」
と自分自身を一歩引いて見るタイプだということです。
人気が出れば出るほど前へ進みたくなる人もいます。
こじまさんの場合は反対に、スピードが速くなりすぎると自分自身とのズレを確認する。
この「自己観察力」は、こじまさんの大きな特徴だと思います。
性格③ 実はかなりの「職人気質」
花*花の活動休止についても、性格がよく表れています。
こじまさんは過去のインタビューで、人気が高まるにつれてライブ会場が大きくなり、後方のお客さんの顔が見えなくなったことや、作詞・作曲に使える時間が減ったことで「自分たちらしさ」が失われていく感覚があったと説明しています。(日刊ゲンダイDIGITAL)
ここは非常に重要です。
「もっと大きな会場へ」
「もっとテレビへ」
「もっと有名になりたい」
という方向ではなかったのです。
むしろ、「ちゃんと音楽を作れているのか」を気にしていました。
つまり、こじまさんは「有名人になりたい人」というより「音楽をきちんと作りたい人」。
華やかな芸能界にいながら、根っこの部分は職人気質なのでしょう。
性格④ 完璧主義だった?「全部自分でやろう」としていた
音楽以外でも、こじまさんの性格がよく分かるインタビューがあります。
結婚して母親になったころ、こじまさんは家のことを何でも自分でやろうとしていたそうです。
「奥さんはこうあるべき」「お母さんはこうあるべき」という考えを自分自身に課し、失敗することもあったと振り返っています。(リビング京都)
ここからは、若いころのこじまさんには少し完璧主義的なところがあったのではないかと読み取れます。
責任感が強い人ほど、
「人に迷惑をかけてはいけない」
「自分でやらなくてはいけない」
と抱え込んでしまうことがあります。
音楽でも家庭でも、「自分がきちんとやらなければ」という意識が強かったのかもしれません。
性格⑤ 夫の言葉で「人に頼れる人」へ
ところが、こじまさんはその考え方を変えていきます。
家庭のことを一人で抱えようとしていたこじまさんに対して、夫から「何のために家族がいるのか」という趣旨の言葉をかけられたことがあったそうです。
それ以降、夫や姑さんなど、頼れる人には頼るようになったと話しています。(リビング京都)
ここに、こじまさんのもう一つの長所が表れています。
それは「考え方を変えられること」です。
芯が強い人は、ときとして頑固になりがちです。
ところがこじまさんの場合、「自分のやり方が違っていたかもしれない」と気づけば修正できる。
これは単なる頑固さとは違います。
「譲れない部分は譲らない。しかし、変わるべきところは変える」
という柔軟な強さを持っているのではないでしょうか。
性格⑥ 人とのつながりを大切にする
母親になったことで、こじまさんの世界はむしろ広がったそうです。
子どもを通して地域の人やママ友との付き合いが生まれました。
インタビューでは、息子さんが保育園で熱を出した際、友人に迎えを頼み、自分が戻るまで預かってもらったというエピソードまで語っています。(リビング京都)
これは、先ほどの「何でも自分でやらなければ」という姿からすると大きな変化です。
人に助けてもらう。
自分も誰かを助ける。
そうした関係を自然に作れるようになったのでしょう。
年齢を重ねるほど、人との距離の取り方が柔らかくなった人物なのかもしれません。
性格⑦ 実は行動派!休止中には「貧乏旅行」も
穏やかなイメージとは少し違う、面白いエピソードもあります。
花*花の活動休止期間について、こじまさんはソロ活動を続けながら、車の免許を取ったり、期限を決めずにあちこちへ「貧乏旅行」に出かけたりしていたと話しています。(ENCOUNT)
これはかなり意外ではないでしょうか。
人気歌手として多忙だった生活から突然自由になったとき、家でゆっくり休むだけではなく、
「今までできなかったことをやってみよう」
と動いているのです。
ここからは好奇心の強さと行動力が感じられます。
こじまさんは「静かな人」というより、「自分のペースならかなり活動的な人」なのかもしれません。
性格⑧ 自分のペースを非常に大切にする
休止中のソロ活動についても、こじまさんは興味深い表現をしています。
気の合う仲間と、自分で責任を負える範囲でライブやレコーディングをしていたと語っています。(ENCOUNT)
ここには、こじまさんの価値観が凝縮されています。
仕事をしたくないわけではない。
音楽を嫌いになったわけでもない。
ただし、
「自分が責任を持てる範囲でやりたい」
ということなのでしょう。
仕事量を増やすことより、自分自身が納得できる状態を維持することを優先するタイプだと考えられます。
性格⑨ 年齢を重ねて「できない自分」を認められるようになった
2025年の25周年インタビューには、さらに興味深い発言があります。
若いころのこじまさんは、お題を与えられて曲を作ったり、他人に曲を提供したりすることが苦手だったそうです。
ところが現在は違います。
こじまさんは、若いころに嫌だった理由について、当時の自分には要求に応える能力がないことを自分自身で分かっていたからではないか、と振り返っています。
長年曲を書いてきた現在では、求められているものを理解して、自分から提案できるようになったと話しています。(KANSAIPRESS)
これは性格分析として、とても面白い部分です。
「昔は嫌いだった」で終わらず、
「なぜ私は嫌だったのだろう?」
と昔の自分を分析しているのです。
自分の弱さや未熟さまで含めて振り返ることのできる、自己分析力の高い人だと感じます。
性格⑩ 「癒し」を感覚だけで終わらせず勉強する
さらに驚かされるのが、こじまさんが活動休止中に音楽療法を学んでいることです。
ファンから「曲を聴いて癒された」と言われる一方、自分自身は人を癒そうとして曲を作っていたわけではありませんでした。
そこで音楽療法士の資格取得のため学校に通ったことを、2025年のインタビューで明かしています。(KANSAIPRESS)
ここにも性格が表れています。
普通なら、
「私の音楽で癒される人がいるんだ」
で終わるところです。
しかし、こじまさんは「音楽が人に与える影響とは何だろう」と、実際に勉強する方向へ進んだ。
感覚的なアーティストでありながら、疑問を持ったら知識を得ようとする探究心も強いのでしょう。
おのまきこさんと長く続いている理由にも性格が表れている
こじまさんの性格を考えるうえで欠かせないのが、おのまきこさんとの関係です。
二人は出会ってから30年以上。
花*花は活動休止を経験していますが、それは不仲やケンカ別れによるものではなかったと、こじまさん自身が明確に否定しています。(日刊ゲンダイDIGITAL)
そして約6年間休んだ後、再び二人で活動を始めました。
2025年のインタビューでは、25年間を振り返りながら、若いころにはできなかったことが現在はできるようになったことなどを自然体で語っています。(KANSAIPRESS)
常に一緒にいなければ関係が続かないのではなく、一度離れてそれぞれの人生を送り、それでも必要なときにはまた一緒に音楽を作れる。
この関係からも、こじまさんは「相手を縛らない人間関係」を築けるタイプなのではないかと感じます。
こじまいづみさんは「優しい人」より「しなやかに強い人」
ここまでインタビューを追ってくると、こじまいづみさんを単に「優しくて穏やかな女性」と表現するだけでは少し足りない気がします。
むしろ、
「しなやかに強い人」
という表現が近いのではないでしょうか。
売れたからといって世間のイメージに無理に自分を合わせない。
忙しすぎて自分らしい音楽ができなくなれば、一度立ち止まる。
休止したら免許を取ったり旅行したり、新しい世界を経験する。
母親になって「全部自分でやること」が無理だと分かったら、人を頼ることを覚える。
そして、音楽について分からないことがあれば、学校へ通って勉強する。
一見バラバラなエピソードですが、一本の線でつながっています。
それは、
「自分で経験し、自分で納得して前へ進む」
という姿勢です。
若いころと現在では「強さの形」が変わった?
さらに深掘りすると、こじまさんは年齢とともに「強さの形」が変化したようにも見えます。
若いころの強さは、
「自分たちらしくなければ嫌だ」
「自分でやらなくてはいけない」
という、少し硬い強さだったのかもしれません。
しかし結婚、出産、子育て、活動休止、ソロ活動、花*花の再始動などを経験したことで、
「人に頼っていい」
「できなかった昔の自分も認める」
「相手から求められているものにも応えてみる」
という柔らかな強さへ変わっていったように読み取れます。(KANSAIPRESS)
これは、こじまさんの人物像を考えるうえで最も興味深い部分かもしれません。
まとめ|こじまいづみさんの性格は「自然体だけど芯が強い」
こじまいづみさんのインタビューを深掘りすると、テレビや歌声から受ける柔らかな印象の奥に、かなり強い意志を持っていることが分かります。
ブレイクしても成功に流されず、自分らしい音楽ができているのかを考える。活動を休んでも音楽そのものを捨てず、自分のペースで続ける。そして家庭では、何でも自分で抱えようとしていた自分を変え、人に頼ることを覚えました。(日刊ゲンダイDIGITAL)
さらに年齢を重ねた現在は、若いころ苦手だった仕事についても「当時は応える力がなかったから」と冷静に分析しています。(KANSAIPRESS)
こうした発言を総合すると、こじまさんは「自然体」「芯の強さ」「責任感」「好奇心」「柔軟性」を併せ持った人だと考えられます。
そして何より印象的なのは、無理に若いころの自分を守り続けるのではなく、経験を重ねながら自分自身を少しずつ更新しているところです。
花*花が長く活動を続けられている背景には、そんなこじまいづみさんの「変わらない芯」と「変わることを恐れない柔軟さ」の両方があるのかもしれません。

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