歌心りえさんのプロフィール|夫や娘、実家の家族構成は?51歳で大ブレイクした遅咲き歌姫の素顔
韓国の音楽番組をきっかけに、その圧倒的な歌唱力が日本でも改めて注目されるようになった歌心りえさん。
「日本語が分からなくても心に響く」と評されるほどの表現力を持ち、50歳を過ぎてから大きなブレイクを果たしたことでも話題になりました。
ところが歌心りえさんの音楽人生を調べてみると、決して突然現れた新人歌手ではありません。1995年のデビューから約30年、結婚や子育て、声帯の故障などさまざまな経験を重ねながら歌い続けてきた方なのです。(ビクターエンタテインメント | Victor Entertainment)
今回は「歌心りえさんのプロフィール」を中心に、実家の家族構成やお姉さんとの関係、結婚した夫や娘さんとのエピソード、さらに意外な経歴まで詳しく紹介します。
※家族についてはプライベートな情報も多いため、本人インタビューや公式・大手メディアで確認できる内容を優先し、確認できない情報は断定しない形でまとめています。
歌心りえさんのプロフィール
歌心りえさんは、1973年6月30日生まれ、栃木県那須塩原市出身の歌手です。2026年9月現在は53歳になります。(ビクターエンタテインメント | Victor Entertainment)
芸名:歌心りえ(うたごころ りえ)さん
旧活動名:八塚りえさん、Rieさん
生年月日:1973年6月30日
出身地:栃木県那須塩原市
職業:歌手
デビュー:1995年
主な活動:Letit go、Ciao、September、ソロ歌手
ワーナーミュージックの公式記事でも、「歌心りえ」の名前で活動する八塚りえさんと紹介されています。(Warner Music Japan)
歌心りえさんの大きな特徴は、実は「何度もデビューを経験している」ということ。
1995年に3人組ユニット「Letit go」のボーカルとしてデビューすると、2枚目のシングル「200倍の夢」がポカリスエットのCMソングに起用されました。
その後、1997年には実のお姉さんと「Ciao(チャオ)」を結成。1999年には「Rie」名義でインディーズデビューし、2004年にはピアノ・ボーカル・チェロによるユニット「September」を結成しています。(エイベックスネット)
つまり、50代になって突然歌手になったわけではなく、長いキャリアを持つ実力派シンガーなのです。
歌心りえさんの実家の家族構成は?
歌心りえさんのルーツを知るうえで、とても重要なのがご家族です。
本人のインタビューなどから確認できる実家の家族は、
父親
母親
姉
歌心りえさん
という構成です。
特に音楽人生に大きな影響を与えたのが、お母さまとお姉さん、そしてお祖父さまでした。
母親が姉妹にピアノを習わせてくれた
歌心りえさんが音楽に触れるようになった背景には、お母さまの存在があります。
下野新聞のインタビューによると、お母さまが2歳年上のお姉さんと歌心りえさんにピアノを習わせてくれたそうです。
しかも先生は声楽とピアノの両方を教える方だったため、幼いころから歌と楽器が自然に身近にある環境で育ちました。(下野新聞)
後に姉妹そろってプロの歌手として活動することを考えると、この幼少期の経験はかなり大きかったのでしょうね。
お祖父さんも歌心りえさんの「歌の原点」
さらに興味深いのがお祖父さまとのエピソードです。
お祖父さまは日本の歌のレコードをよく聴いていたそうで、ラジオからJ-POPが流れるとカセットテープに録音。歌手名や曲名までインデックスに書いて整理してくれていたと歌心りえさんが明かしています。(下野新聞)
小さなりえさんは、そのカセットを棚から選んで聴いていたのだとか。
2026年のインタビューでは、祖父が戦後にアイスキャンディー屋から商売を始め、その後スーパーを作ったこと、母親がそこで働いていたこと、父親が栃木に来て精肉店で働いていたことも明かしています。(オリコンニュース(ORICON NEWS))
こうした家族の歴史は、歌心りえさんの楽曲「しあわせのまわり道」にもつながっています。
華やかな芸能一家というより、日々働きながら暮らしてきた家族の中で音楽への感性が育まれた、というところに親しみを感じますね。
姉・八塚順子さんとは一緒に歌手活動
歌心りえさんには2歳年上のお姉さんがいます。
お姉さんは八塚順子さん。
姉妹は1997年にポップユニット「Ciao」を結成してデビューしています。
「Rainy Heart」や「それが恋かもしれない/Sweet Home」などをリリースしており、2024年にはこれらの楽曲が初めてデジタル配信されました。(Warner Music Japan)
単に仲の良い姉妹というだけではなく、一緒にプロの世界で歌っていた「音楽仲間」でもあるわけです。
歌心りえさん自身も、長年歌い続けられた理由について「母、姉、父に背中を押してもらった」と家族への感謝を語っています。(下野新聞)
26歳で挫折して実家へ戻っていた
現在の活躍だけを見ると順調な歌手人生だったように思えますが、実際にはかなり大きな挫折も経験しています。
26歳ごろ、所属していたレーベルや事務所を離れ、さらに当時交際していた男性とも別れたことで、栃木県の実家へ戻った時期がありました。
実家では子ども向け英会話教室の先生としてアルバイトをしながら、自作曲を書き続けていたそうです。(RBB TODAY)
そして再び東京へ行こうと決意した際、お母さまは、
「やりたいなら、行きなさい」
という趣旨の言葉で送り出してくれたそうです。(RBB TODAY)
歌心りえさんが50代になっても挑戦を続けられる背景には、こうした「やりたいことを応援する」家庭環境があったのかもしれません。
歌心りえさんは結婚している?
歌心りえさんは結婚されています。
本人インタビューでは、夫が東京・下北沢で音楽食堂を営んでいることを明かしています。(RBB TODAY)
夫については複数の媒体で「永尾大さん」と紹介されていますが、一般の方でもありますので、本記事では公開されている範囲にとどめます。
そして、この夫の存在こそ、歌心りえさんの「第二の歌手人生」を語るうえで欠かせません。
夫の一言が歌手人生を救った
歌心りえさんは過去に2度、声帯を壊しています。
特に2度目は重く、一時は声が出せず筆談しなければならないほどだったといいます。
歌手にとって声が出ないというのは非常に深刻な出来事です。
「ステージで声が出なくなったらどうしよう」
という恐怖も大きくなり、歌うこと自体から気持ちが離れてしまった時期がありました。(RBB TODAY)
そんな時、夫が営む下北沢の音楽食堂を手伝っていた歌心りえさんは、ステージで楽しそうに演奏するミュージシャンを見ながら、自分はもう歌わなくてもいいのではないかと思うようになったそうです。
そんな妻を見ていた夫が、
「君、いつになったら歌うの?」
そして、
「君には歌があるでしょ」
という趣旨の言葉をかけました。(RBB TODAY)
この言葉で歌心りえさんは我に返り、もう一度歌と向き合うことを決意します。
後に50代で韓国を沸かせる歌手になることを考えると、人生を変えた夫婦のエピソードと言えそうです。
歌心りえさんには娘さんが1人
歌心りえさん夫妻には娘さんが1人います。
2025年5月のスポニチのインタビューでは、歌心りえさんが当時「10歳の娘を持つ母親」であることが紹介されています。(スポーツニッポン)
娘さんとのエピソードも素敵です。
歌心りえさんが本番前に緊張していると、
「ママ、いつも通り歌えばいいんだよ」
という趣旨の言葉で励ましてくれるそうです。
さらにG7広島サミットで歌った際には、娘さんが歌心りえさんをぎゅっと抱きしめてくれたことも本人が明かしています。(下野新聞)
かつては母親から「やりたいなら行きなさい」と背中を押してもらった歌心りえさん。
現在は自分の娘さんから「いつも通り歌えばいい」と背中を押されているところが、なんとも温かいですね。
結婚・子育てをしながら歌手活動を続けていた
歌心りえさんは、結婚後も歌手活動を続けています。
本人によると、結婚や子育てのタイミングもあり、2008年以降は事務所を離れてフリーで歌手活動を続けていたそうです。(RBB TODAY)
華やかなメジャーシーンだけを歩いてきたわけではありません。
家庭を持ち、子育てをし、夫のお店を手伝いながら、それでも完全には歌を手放さなかった。
この積み重ねが50代での再ブレイクにつながったと考えると、歌心りえさんの経歴の見え方もかなり変わってきます。
意外なエピソード① 50歳で「ガールズ」オーディションに挑戦
歌心りえさん最大の意外なエピソードといえば、やはり50歳でオーディション番組『トロット・ガールズ・ジャパン』へ挑戦したことでしょう。
すでに約30年の歌手経験があったため、若い出場者の多いオーディションに参加するか最後まで迷ったそうです。(女性自身)
ところが結果はファイナリスト。
そして2024年には韓国MBN『韓日歌王戦』へ出演し、一気に注目を集めました。(エイベックスネット)
人生は何歳で大きく動くか分からないということを、そのまま体現しているような経歴です。
意外なエピソード② 51歳でメジャーソロデビュー
さらに驚くのが、2025年4月。
歌心りえさんは51歳でカバーアルバム「SONGS」と「HEARTS」を発売し、メジャーソロデビューを果たしました。
しかもビクターとエイベックスという2つのレコード会社から同時リリースする異例の展開でした。(ビクターエンタテインメント | Victor Entertainment)
その後「SONGS」「HEARTS」は第67回日本レコード大賞の企画賞を受賞しています。(ビクターエンタテインメント | Victor Entertainment)
さらに2026年4月には第2弾となるアルバム「UTA」「KOKORO」をリリース。
50歳からの挑戦が、一時的な話題ではなく本格的なキャリアの再スタートになっています。(うたごころりえ)
意外なエピソード③ 『千鳥の鬼レンチャン』で初挑戦10レンチャン
日本で歌心りえさんを知った方の中には、『千鳥の鬼レンチャン』がきっかけだった方も多いのではないでしょうか。
なんと初挑戦で10レンチャンを達成。
長年ライブで鍛えてきた歌唱力を全国のお茶の間に見せつける形となりました。(エイベックスネット)
「韓国で人気になった日本人歌手」というだけでなく、実際の歌唱力で日本でも評価を広げているところが歌心りえさんの強みでしょう。
意外なエピソード④ 30年近く歌い続けてから大ブレイク
1995年にデビュー。
1997年には姉妹ユニット。
1999年にはソロ。
2004年にはSeptember。
結婚、子育て、フリーでの活動、声帯の故障……。
そして2023年、50歳でオーディションへ。
2024年、韓国でブレイク。
2025年、51歳でメジャーソロデビュー。
こうして時系列にすると、歌心りえさんはまさに「遅咲き」という言葉が似合う歌手です。
ただし、実際には突然花開いたのではありません。
約30年間ずっと根を張り続けてきたからこそ、50代になって大きな花を咲かせることができたのでしょう。
歌心りえさんの家族がすごい!夫・娘・母・姉が支えた歌手人生
歌心りえさんについて調べてみると、「家族」という存在が人生の節目ごとに登場することに気づきます。
幼いころに音楽への入口を作ってくれたお母さま。
一緒にCiaoとしてプロの世界を歩いたお姉さん。
歌をやめそうになった時に「君には歌がある」と気づかせてくれた夫。
そして現在は「いつも通り歌えばいい」と励ましてくれる娘さん。
歌心りえさん自身も「家族があったからこそ」と話しています。(下野新聞)
50歳からの大ブレイクは本人の歌唱力と努力によるものですが、その長い道のりを支えてきた家族の存在も大きかったのでしょう。
まとめ|歌心りえさんは「何歳からでも挑戦できる」を体現する歌手
歌心りえさんは1973年6月30日生まれ、栃木県那須塩原市出身。
1995年にデビューしてから、姉妹ユニットやソロ、Septemberなどさまざまな形で歌い続けてきました。
その間にはレーベルや事務所を離れて実家へ戻った時期、結婚や子育て、そして声帯の故障という大きな試練もありました。
それでも歌を完全には諦めず、50歳で『トロット・ガールズ・ジャパン』へ挑戦。韓国でのブレイクを経て、51歳でメジャーソロデビューを果たしました。(ビクターエンタテインメント | Victor Entertainment)
そして2026年現在も、その「50歳から始まったシンデレラストーリー」は続いています。
歌心りえさんの魅力は美しい歌声だけではありません。
「何歳になっても、もう一度挑戦していい」
そんなことを自身の人生そのもので示してくれているところに、多くの人が惹かれる理由があるのではないでしょうか。
公式プロフィールや最新の活動については、歌心りえさん公式サイト、ビクターエンタテインメント公式プロフィール、エイベックス公式プロフィールでも確認できます。
歌心りえさんの性格は?インタビューから見える「遅咲きの歌姫」の素顔を徹底分析
50歳でオーディション番組に挑戦し、韓国で大ブレイク。その後、51歳で異例のメジャーソロデビューを果たした歌心りえさん。
圧倒的な歌唱力が注目される一方で、インタビューをじっくり読んでみると、歌心りえさんの魅力は「歌がうまい」というだけではないことが分かります。
30年間思うような結果が出なくても歌を続けた粘り強さ、50歳になってもオーディションに飛び込める挑戦心、そして「聴いてくれる人」を第一に考える姿勢。
今回は複数のインタビューでの発言をもとに、歌心りえさんがどんな性格の方なのかを深掘りしてみました。
なお、性格については本人が公表した「性格診断」ではありません。インタビューで本人が語った考え方や行動から読み取れる人物像として分析しています。
歌心りえさんの性格を一言でいうと?
歌心りえさんのインタビューを読み比べていくと、
「繊細だけれど芯が強く、謙虚で、人とのつながりを大切にする努力家」
という人物像が浮かび上がってきます。
特に印象的なのが、「自分が目立ちたい」という方向ではなく、
「歌を聴いた人に何を届けられるか」
という方向へ意識が向いていることです。
歌心りえさん自身、「歌は心」という考えを大切にし、歌が聴いてくれる人の背中を押したり、寄り添ったりする存在になればいいと語っています。(人と香りをつなぐWEBマガジン「フレグラボ」|日本香堂)
ここに歌心りえさんの性格を理解する大きなヒントがあります。

性格① とにかく諦めない「静かな負けず嫌い」
歌心りえさんの性格で最も強く感じるのは、粘り強さです。
1995年のデビューから、ユニット、姉妹デュオ、インディーズ、別ユニット、フリーでの活動と、決して一直線ではない歌手人生を歩んできました。
普通なら「もう十分やった」と考えても不思議ではありません。
それでも歌心りえさんは歌を続けました。
そして50歳の時に『トロット・ガールズ・ジャパン』へ挑戦します。
しかも本人によると、12歳の出場者と同じステージに立つことへの不安もあったそうです。それでも参加したことで「見えた景色があった」と振り返っています。(オリコンニュース(ORICON NEWS))
これは単なる「負けず嫌い」とは少し違うように思います。
歌心りえさんの場合、
「誰かに勝ちたい」
という競争型の負けず嫌いというより、
「自分自身に負けたくない」
という内向きの強さなのではないでしょうか。
だからこそ30年間続けられたのでしょう。
性格② 実はかなり慎重派
50歳でオーディションに出場したという経歴だけを見ると、「思い立ったらすぐ行動する大胆な人」という印象を受けます。
ところが実際には少し違います。
『トロット・ガールズ・ジャパン』の話が来た時、歌心りえさんはすぐに応募したわけではありません。
USENのインタビューによると、数日間悩み、応募締め切りが近くなってから自分で応募しています。(encore)
このエピソードは性格をよく表しています。
勢いだけで行動するタイプではなく、
「本当にやるべきなのか」
「自分にできるのか」
と一度じっくり考える。
しかし最終的に「やる」と決めたら行動する。
つまり、
「慎重だけれど、最後には一歩を踏み出せる人」
なのだと思います。
大人になってから新しいことへ挑戦する人にとって、この姿勢はかなり共感できるのではないでしょうか。
性格③ 自分を客観視できる現実派
歌心りえさんのインタビューで興味深いのが、自分の年齢や身体の変化についてかなり率直に話していることです。
過去の楽曲をレコーディングした際には、若いころと同じキーで歌うことが厳しいと感じる時があることも認めています。
しかし、そこで無理に若いころの自分を再現しようとはしませんでした。
現在は「無理をしない」歌い方を身につけているという趣旨の話をしています。(RBB TODAY)
これは非常に興味深い部分です。
年齢を重ねると、
「昔はできたのに」
と過去の自分と競争してしまうことがあります。
歌心りえさんはそうではありません。
現在の自分を認めたうえで、
「今の自分ならどうすれば最高のものを届けられるか」
を考えているように見えます。
これは自己肯定というより「自己理解」に近いのかもしれません。
性格④ 完璧主義から「しなやかな努力家」へ
ここをもう少し深掘りすると、歌心りえさんの大きな変化が見えてきます。
本人は現在、「100%が必ずしも良いわけではない」という趣旨の考えを語っています。
ただし、手を抜くという意味ではありません。
聴いてくれる人を裏切らないという気持ちは強く持っていると話しています。(RBB TODAY)
ここには、
「身体には無理をさせない」
しかし、
「気持ちでは妥協しない」
という絶妙なバランスがあります。
若いころのように力いっぱい頑張ることだけが努力ではない。
自分の身体や声を理解しながら長く続けられる方法を選ぶ。
30年の歌手生活で身につけた「大人の努力の仕方」と言えるでしょう。

性格⑤ 自分より「聴いてくれる人」を大切にする
歌心りえさんを理解するうえで、非常に重要なのが観客への向き合い方です。
2026年のインタビューでも、どんな場所であっても聴いてくれる人がいる限り、その人たちとどう音楽を共有できるかを考えてきたと語っています。(オリコンニュース(ORICON NEWS))
「私の歌を聴いてほしい」ではなく、
「一緒に音楽を共有したい」
という考え方なのがポイントです。
歌心りえさんの歌が「押しつけがましくない」「寄り添ってくれる」と感じられる理由の一つは、この姿勢なのかもしれません。
性格的にも自己中心的というより、
「相手がどう感じているかを考えるタイプ」
であることがうかがえます。

性格⑥ 感受性が強く、繊細なタイプ?
歌心りえさんの歌唱については「感情が伝わる」という評価が非常に多くあります。
『トロット・ガールズ・ジャパン』の審査に関わったBIGBANGのD-LITEさんも、歌心りえさんについて、歌唱技術や歌詞の伝え方を超えて「世界観」が広がっていくステージだったと高く評価しています。(オリコンニュース(ORICON NEWS))
もちろん、歌が感情的だから本人も繊細だ、と単純には決められません。
ただ、歌心りえさん自身が「歌は心」と考え、聴き手に寄り添うことを重視していることを合わせて考えると、人の感情を受け取る感度は高い方なのではないでしょうか。
それが歌唱表現の深さにもつながっているように感じられます。
性格⑦ 華やかな成功より「身の丈」を大切にする
韓国で人気が急上昇した後のエピソードにも性格が表れています。
初めて韓国でソロコンサートを行った際、いきなり大規模な会場を選んだわけではありません。
本人は「背伸びしないようにしよう」と考え、約250人規模の会場で昼夜2公演を開催しました。
結果的にはほぼ満席になっています。(人と香りをつなぐWEBマガジン「フレグラボ」|日本香堂)
ここにも慎重さと謙虚さがあります。
人気が出たから大きな会場へ、ではなく、
「今の自分にふさわしい場所から始める」。
成功しても自分を大きく見せようとしない性格がうかがえます。

性格⑧ 遅咲きだからこそ「成功を当たり前と思わない」
歌心りえさんは韓国で人気が出た際、空港職員から声をかけられたり、飲食店のスタッフから写真撮影を頼まれたりしたそうです。
日本でも駅のホームで韓国から来たファンに声をかけられました。
その時の本人の反応が印象的です。
「皆さんが自分を観てくれていたんだ」と実感したという趣旨で語っています。(RBB TODAY)
長い下積みを経験しているためなのでしょうか。
「有名になって当然」という雰囲気がありません。
むしろ、
「本当に私を知ってくれているんだ」
という驚きに近い感覚が伝わってきます。
成功を当たり前と思わない。
これも歌心りえさんの謙虚さを感じさせる部分です。

性格⑨ 家族の意見を素直に受け入れられる
歌心りえさんは「自分一人ですべて決める」というタイプでもなさそうです。
50歳でオーディションへ挑戦する際にも家族の助言があったことが報じられています。(スポーツニッポン)
これは依存という意味ではありません。
自分の考えを持ちながらも、信頼する人の意見には耳を傾けられる。
長く第一線で仕事を続けている人ほど自分のやり方に固執してしまうことがありますが、歌心りえさんには比較的その硬さが感じられません。
「自分より若い人からでも学べる」
そんな柔軟性を持っているのではないでしょうか。
50歳で12歳の参加者と同じオーディションに立てたこと自体、その柔軟性を象徴しています。
性格⑩ 「遅かった」と考えるより「今だからできた」と考える人
歌心りえさんの人生で最も興味深いのはここです。
1995年にデビューしているのですから、もっと早く現在のような成功を手にしていてもおかしくありませんでした。
それでも50代になってから大きな転機が訪れました。
本人は、50歳でオーディションに挑戦したからこそ現在の大きな舞台につながったと振り返っています。(オリコンニュース(ORICON NEWS))
過去について、
「あの時もっと売れていたら」
と考えるのではなく、
「今だから見える景色がある」
と受け止めているように見えます。
これは非常に前向きな思考です。
単なるポジティブ思考ではありません。
失敗や遠回りを消そうとするのではなく、
「遠回りも現在の自分を作った材料」
として受け入れる強さです。

歌心りえさんが「人を泣かせる歌」を歌える理由
ここまで性格を分析すると、歌心りえさんの歌唱力がなぜ人の心を動かすのかも少し見えてきます。
技術だけではないのでしょう。
20代でのデビュー。
思うようにいかなかった時期。
歌手活動の変化。
結婚。
子育て。
声との向き合い。
そして50歳での再挑戦。
そうした経験を通して「うまく歌う」こと以上に「何を伝えるか」を大切にするようになったのではないでしょうか。
現在の歌心りえさんについて、日本香堂のインタビューでは「息を吸って自然に吐くように歌う」という境地に至ったことが紹介されています。(人と香りをつなぐWEBマガジン「フレグラボ」|日本香堂)
力いっぱい感情を作るのではなく、自然に出てくる感情を歌に乗せる。
だから聴き手にも自然に届くのでしょう。
インタビューから見えた歌心りえさんの性格まとめ
複数のインタビューを総合すると、歌心りえさんには「粘り強い」「慎重だが最後は挑戦できる」「謙虚」「感受性が豊か」「自分を客観視できる」「家族や周囲の意見を大切にする」「聴き手を第一に考える」「成功しても浮かれない」「年齢を言い訳にしない」「無理はしないが気持ちでは妥協しない」といった人物像が見えてきます。(オリコンニュース(ORICON NEWS))
特に印象的なのは、「強さ」と「柔らかさ」を両方持っていること。
30年間歌い続けられるほど頑固な芯がありながら、現在の自分を受け入れて歌い方を変えられる柔軟性もあります。
この二つが共存していることこそ、歌心りえさん最大の魅力なのかもしれません。
歌心りえさんの性格が50代から支持される理由
歌心りえさんのブレイクには、歌唱力以外にも大きな意味があります。
50歳でオーディション。
51歳でメジャーソロデビュー。
それまで約30年間、歌を続けています。公式プロフィールでも、1995年のデビューから複数の活動形態を経て、2023年の50歳での挑戦、2024年の韓国でのブレイクへ至った経歴が確認できます。(うたごころりえ)
若くして成功したシンデレラストーリーとはまったく違います。
「もう遅いかもしれない」
と思う年齢になってから新しい扉を開いた人です。
だからこそ、同世代だけでなく、人生の途中で一度夢を諦めた経験のある人にも響くのでしょう。
歌心りえさんがインタビューで示しているのは、「絶対に諦めるな」という根性論ではありません。
むしろ、
「無理をしない。でも、やりたいことまで諦めない」
という生き方なのだと思います。
このバランスこそ、歌心りえさんの性格を最もよく表している言葉ではないでしょうか。
まとめ|歌心りえさんは「柔らかいけれど折れない」人
歌心りえさんのインタビューを深掘りすると、テレビで見せる穏やかな雰囲気の奥に、かなり強い芯を持っていることが見えてきます。
ただ、その強さを前面には出しません。
自分を大きく見せるより、歌を聴いてくれる人に寄り添う。
無理に若いころへ戻ろうとせず、今の自分にできる歌を届ける。
成功を当然と思わず、人との出会いに感謝する。
そして50歳になっても、必要なら新しい世界へ飛び込む。
だから歌心りえさんの性格を一言で表すなら、
「柔らかいけれど、折れない人」
なのではないでしょうか。
歌心りえさんが掲げてきた「歌は心」という言葉は、歌唱法だけを意味しているのではなく、彼女自身の生き方を表しているようにも感じられます。
30年という遠回りがあったからこそ、現在の歌心りえさんの歌には人生そのものが乗っている。
それが、日本語を理解しない海外の聴衆まで涙させる歌声につながっているのかもしれません。
公式プロフィールでは2026年4月に第2弾アルバム「UTA」「KOKORO」をリリースしたことも紹介されており、50代から始まった新しい挑戦はまだ続いています。(うたごころりえ)

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