野口聡一さんのプロフィール|妻との馴れ初めや娘3人との家族エピソード!実家・両親や意外な素顔も紹介
日本を代表する宇宙飛行士の一人として、3度も宇宙へ飛び立った野口聡一さん。
スペースシャトル、ロシアのソユーズ、そして民間宇宙船クルードラゴンという異なる宇宙船に搭乗し、宇宙開発の歴史を体験してきた人物です。現在はJAXAを退職し、大学での研究や教育、講演など幅広い分野で活動されています。
そんな野口聡一さんですが、華々しい経歴だけでなく、幼少期やご両親、妻や3人の娘さんとの関係を知ると、ぐっと親しみやすい人物像が見えてきます。
今回は「野口聡一さんのプロフィール」「実家の家族構成」「妻との結婚・馴れ初め」「娘さんとのエピソード」、そして「意外で面白い素顔」まで、確認できる情報を中心に紹介します。
野口聡一さんのプロフィール
野口聡一さんは1965年4月15日生まれの60歳、神奈川県横浜市生まれです。身長180cm。
東京大学工学部航空学科を卒業後、東京大学大学院工学系研究科航空学専攻の修士課程を1991年に修了。その後、石川島播磨重工業(現在のIHI)に入社し、ジェットエンジンの設計や性能試験に携わりました。
つまり野口さんは、最初から「宇宙飛行士一本」で人生を歩んできたわけではありません。
もともとは航空宇宙分野のエンジニアだったのです。
1996年5月、NASDA(現在のJAXA)の宇宙飛行士候補者に選ばれ、大きく人生が動き始めます。NASAで訓練を受け、1998年にはミッション・スペシャリストとして認定されました。
その後、2005年にスペースシャトル「ディスカバリー号」で初飛行。
さらに2009年12月から2010年6月にはソユーズ宇宙船でISSに長期滞在し、2020年11月にはSpaceXのクルードラゴン「Crew-1」に搭乗しました。
3回の宇宙飛行を経験し、2020~2021年のミッションではISSに166日間滞在しています。
2022年にJAXAを退職。現在は東京大学先端科学技術研究センターの特任教授として、宇宙での体験を「当事者研究」という視点から研究するなど、新たな活動を続けています。
野口聡一さんの実家の家族構成は?
野口聡一さんは横浜市で生まれ、その後、父親の仕事の関係で兵庫県揖保郡太子町に移り住みました。
3歳から小学5年生まで太子町で生活し、その後、神奈川県茅ヶ崎市へ移っています。
公開情報では、
父親・幹夫さん
母親・美栄さん
聡一さん
という家族構成だったと紹介されています。
ただし、兄弟姉妹については確かな一次資料が乏しいため、「一人っ子だった」と断定するより、「兄弟姉妹について広く公表された情報は確認できない」としておくのが安全でしょう。
父親の仕事で兵庫県へ
野口さんの幼少期を考えるうえで興味深いのが、父親の転勤です。
野口さんは3歳から小学5年生まで兵庫県太子町で暮らしました。太子町時代にはカブスカウトやソフトボールなどにも親しんでいたことが紹介されています。
野口さん自身も後にJAXAから「乗り物好きなふつうの少年」と紹介されています。
学校帰りに田んぼで野球をして遊び、興味の対象が「電車→飛行機→ロケット」と発展していったそうです。
幼いころから宇宙だけを見つめていた「宇宙少年」というより、乗り物が大好きな少年が、少しずつ宇宙へ近づいていったというところが面白いですね。
小学1年生ですでに「ロケットの操縦士になりたい」
さらに驚くエピソードがあります。
太子町の資料によると、小学1年生だった野口さんは文集に、
「ロケットのそうじゅうしになりたい」
という趣旨の夢を書いていました。
その後、本格的に宇宙を意識したのは高校時代です。
高校1年生のときにスペースシャトルの初飛行を見て、「技術者でも宇宙で活躍できる時代が来る」と感じ、高校3年生のころには宇宙飛行士への思いを強くしたとJAXAが紹介しています。
小学生時代に書いた夢が、何十年も後に現実になったわけです。
野口聡一さんは結婚している?妻は美和さん
野口聡一さんは既婚者で、妻と3人のお子さんがいることはJAXAの過去の公式略歴でも確認できます。
妻は美和さんと報じられており、一般の方です。
そして興味深いのが、二人が高校時代の同級生だったと複数の媒体で紹介されていることです。
野口さんの母校は神奈川県立茅ケ崎北陵高校。
宇宙飛行士と聞くと「国際的な仕事の中で妻と知り合ったのかな?」と思ってしまいますが、実際には青春時代からの縁だったというのですから、なんとも素敵な話ですね。
なお、ネット上では「高校時代から交際」「10年以上交際して結婚」といった情報も見られますが、一次資料で細部まで確認できない部分もあるため、断定には注意が必要です。
結婚後に訪れた人生最大級のチャンス
結婚後の野口さんの人生を大きく変えたのが、宇宙飛行士募集でした。
1996年、野口さんはNASDAの宇宙飛行士候補者に選抜されます。
会社員としてジェットエンジン開発に携わり、家庭を持ちながら宇宙飛行士という未知の世界に挑戦したわけです。
その後の訓練や長期間の海外生活、宇宙飛行には、本人だけでなく家族にも相当な覚悟が必要だったはずです。
野口さん自身も妻について、長期間支えてくれた一方で、妻自身の生活ペースも大切にしており、家族全員が無理をしないことの重要性を語っています。
単純な「献身的に夫を支える妻」というより、お互いの生活を尊重しながら長期戦を乗り切る夫婦だったことがうかがえます。
野口聡一さんには娘が3人
野口聡一さんには3人のお子さんがいます。
そして3人とも娘さんです。
JAXAの公式略歴でも「妻、子3人」と記載されており、野口さん自身もテレビ出演時に「娘が3人います」と語っています。
娘さんたちは一般の方ですので、名前や現在の職業など詳しい個人情報は公表されていません。
父親が宇宙飛行士という家庭は、娘さんたちにとってもかなり特殊な環境だったでしょう。
「宇宙へ行く父」を娘にどう説明するのか
野口さんの家族エピソードの中でも特に印象的なのが、2003年のスペースシャトル「コロンビア号」事故の後です。
事故では7人の宇宙飛行士が亡くなりました。
当時、野口さんにも娘さんたちがいました。
特に長女は事故の意味を理解できる年齢になっていたため、野口さんは「なぜ事故が起きたのか」「それでもなぜ宇宙へ行くのか」ということを娘さんに説明しなければならなかったとされています。
宇宙飛行士は華やかな仕事ですが、家族にとっては「父親が命の危険を伴う場所へ行く」ということでもあります。
野口さんは家族に向けて遺書も用意していました。
宇宙飛行士という仕事の重さが伝わってくるエピソードです。
3人の娘を持つ「お父さん」としての顔
野口さんは2023年、男女格差についてのテレビ番組で、自分には娘が3人いることに触れ、娘たちが活躍できる社会にしたいという趣旨の発言をしています。
宇宙から地球を眺めた人物が、地球に戻れば3人の娘を心配する一人のお父さんでもある。
このギャップも野口さんの魅力ではないでしょうか。
野口聡一さんの意外なエピソード① 実は「B級グルメ好き」
世界的な宇宙飛行士という肩書きからは、ストイックな食生活を想像してしまいます。
ところが、過去の人物紹介では、
ラーメン
カレー
ハンバーグ
などが好きな「B級グルメ」派として紹介されています。
かなり親近感がありますね。
2026年には『宇宙でラーメンは食べられるか 宇宙暮らしのロマンと現実』という著書も刊行されています。
宇宙とラーメン。
一見かけ離れた組み合わせですが、野口さんらしいテーマともいえそうです。
意外なエピソード② 音楽が苦手だった?
さらに意外なのが、子どものころ音楽が苦手だったというエピソード。
三菱電機DSPACEの人物紹介では、音楽が苦手で「音楽教室から脱走した経験」があると紹介されています。
世界最高レベルの宇宙飛行士訓練には耐えられても、子どものころの音楽教室からは逃げ出してしまった――。
このエピソードだけで、一気に親しみが湧いてきます。
意外なエピソード③ 実はスポーツマン
野口さんは勉強一筋だったわけでもありません。
小学生時代にはボーイスカウト、中学・高校では陸上、大学ではアメリカンフットボールに取り組んでいたと紹介されています。趣味にはキャンプも挙げられていました。
宇宙飛行士には高度な知識だけでなく、体力、チームワーク、精神的なタフさも必要です。
子ども時代から続けてきたスポーツや野外活動も、後の宇宙飛行士としての土台になったのかもしれません。
意外なエピソード④ 宇宙飛行士になる前は「ジェットエンジンの技術者」
野口さんの経歴で見落とされがちなのが、IHI時代です。
大学院修了後の1991年に石川島播磨重工業へ入り、航空宇宙事業本部でジェットエンジンの設計・性能試験を担当していました。
高校時代に「技術者でも宇宙へ行ける時代が来る」と感じた少年が、実際に技術者となり、その後、本当に宇宙へ行ったのです。
野口さんの人生は、
「夢を持つ」
↓
「専門知識を身につける」
↓
「技術者になる」
↓
「チャンスが来たとき挑戦する」
↓
「宇宙飛行士になる」
という、かなり現実的な積み重ねでできています。
ここは野口さんの経歴の中でも、若い世代に伝えたい部分ではないでしょうか。
3種類の宇宙船に乗った世界でも珍しい宇宙飛行士
野口さんの大きな特徴は、時代の異なる宇宙船に乗っていることです。
2005年 アメリカのスペースシャトル
2009年 ロシアのソユーズ
2020年 SpaceXのクルードラゴン
という3種類です。
有人宇宙開発が「国家中心」だった時代から「民間企業も宇宙へ人を運ぶ時代」へ移っていく過程を、実際の搭乗者として経験していることになります。
野口さんはまさに、宇宙開発の大きな転換期を自分の身体で経験した人物なのです。
現在の野口聡一さんは何をしている?
野口さんはJAXAを退職しましたが、宇宙との関わりがなくなったわけではありません。
東京大学先端科学技術研究センターでは特任教授を務め、自身の長期宇宙滞在経験をもとに、人間が宇宙という特殊環境にどう適応し、どのように変化するのかといった研究に取り組んでいます。
つまり現在は、
「宇宙へ行く人」
から、
「宇宙へ行った経験を次の世代や社会へ還元する人」
へと役割を広げているといえるでしょう。
まとめ|野口聡一さんは「宇宙飛行士」であり「3人娘のお父さん」
野口聡一さんについて調べてみると、世界的な宇宙飛行士という華々しい姿だけではない一面が見えてきます。
横浜で生まれ、父親の転勤で兵庫県太子町に暮らし、その後茅ヶ崎へ。
乗り物好きの少年が高校時代にスペースシャトルを見て宇宙を意識し、東京大学で航空工学を学び、ジェットエンジンの技術者となりました。そして宇宙飛行士募集というチャンスをつかみ、最終的には3度も宇宙へ飛び立ちました。
一方、家庭では妻・美和さんと3人の娘さんを持つ夫であり父親です。
危険な宇宙飛行に挑戦する裏側では、家族と向き合い、娘さんに「なぜ宇宙へ行くのか」を説明しなければならない場面もありました。
ラーメンやカレーが好きだったり、子どものころ音楽教室から逃げ出したことがあったりするという意外な一面もあります。
「特別な才能を持った遠い世界の人」というより、好きなことを追いかけ、技術を身につけ、家族に支えられながらチャンスをつかんだ人。
そこに、野口聡一さんが長く支持される理由の一つがあるのかもしれません。
野口聡一さんの性格は?インタビューから見える「強さ・柔軟さ・人間味」を徹底分析
宇宙飛行士というと、「精神力が強い」「冷静沈着」「何事にも動じない」といったイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。
野口聡一さんも、3度の宇宙飛行を経験し、船外活動や国際宇宙ステーションでの長期滞在を経験してきた人物です。
しかし、これまでのインタビューや記者会見を読み込んでいくと、単純な「強い人」という言葉だけでは表現できない性格が見えてきます。
むしろ野口さんの魅力は、
「怖さや弱さも認められる」
「経験があっても初心に戻れる」
「失敗した人を責めるより、どう解決するかを考える」
「仲間との関係を非常に大切にする」
という柔軟さにあるように感じられます。
ここでは、野口聡一さん本人のインタビューやJAXAの記者会見などをもとに、その性格を深掘りしてみます。
野口聡一さんの性格を一言で表すと?
野口聡一さんの発言を総合すると、
「好奇心旺盛で前向き。しかし自信過剰にならず、自分の弱さも冷静に認められる現実派」
という人物像が浮かびます。
宇宙飛行士として豊富な経験を積んだ後でも、新しいミッションでは「初心」に戻ろうとしています。
2020年、3度目の宇宙飛行でISSに到着した際も、野口さんは「宇宙は3回目だが、今回も初心に戻って、まっさらな気持ちで当たりたい」という趣旨を語っています。
通常、経験を積めば積むほど、「自分は知っている」という気持ちが生まれやすくなります。
ところが野口さんの場合、豊富な経験を持っているからこそ、過去の成功体験に依存しない姿勢を大切にしているように見えます。
これはかなり特徴的な性格ではないでしょうか。
性格分析① とにかく好奇心が強い
野口さんの原点にあるのは、やはり強い好奇心です。
JAXAによると、子どものころの野口さんは乗り物が好きで、
電車
飛行機
ロケット
へと興味の対象が広がっていったといいます。
最初から「絶対に宇宙飛行士になる」と決めていた少年ではありませんでした。
高校生になりスペースシャトルを見たことをきっかけに、「技術者でも宇宙へ行ける時代になる」と考えるようになりました。
ここから見えるのは、「興味を持ったものを深く追いかけていく性格」です。
好奇心旺盛な人の中には、次々に興味が移って終わってしまうタイプもいます。
しかし野口さんの場合、
「面白そう」
↓
「もっと知りたい」
↓
「専門的に学ぶ」
↓
「仕事にする」
↓
「実際に宇宙へ行く」
ところまで進んでいます。
好奇心だけでなく、「興味を行動に変える力」が非常に強い人なのでしょう。
性格分析② 経験豊富なのに「自分は大丈夫」と思わない
野口さんの性格で特に興味深いのが、ベテランになってからも油断しないところです。
3度目の宇宙飛行では、すでに世界でもトップクラスの経験を持つ宇宙飛行士でした。
それでも「初心に戻る」と語っています。
これは単なる謙遜ではないでしょう。
宇宙開発では、スペースシャトル、ソユーズ、クルードラゴンと、宇宙船が変わればシステムも操作方法も異なります。
「昔できたから今回も大丈夫」
という考え方は、むしろ危険です。
野口さんは、過去の経験を自信にはしても、過信には変えないタイプなのではないでしょうか。
性格分析として見ると、
「自己肯定感はあるが、自己評価を過大にしない」
というバランスの良さが感じられます。
性格分析③ 意外に弱音を隠さない
宇宙飛行士という職業柄、野口さんには「鉄の精神を持つ人」という印象があります。
ところが、本人の発言は意外なほど人間的です。
2020年にISSへ到着した直後の記者会見では、まだ環境に慣れるまで時間が必要だとしたうえで、「地球が恋しく毎日電話している」と話しています。
非常に興味深い発言です。
普通なら、
「問題ありません」
「順調です」
「快適です」
と強がってしまいそうな場面です。
しかし野口さんは、「地球が恋しい」という自分の感情を自然に口にしています。
これは精神的に弱いという意味ではありません。
むしろ、
「弱さを隠さなくても自分の価値は下がらない」
と考えられる精神的な安定感を持っているのではないでしょうか。
本当に自信のある人ほど、強く見せる必要がない。
野口さんのインタビューには、そんな印象があります。
性格分析④ 失敗した人を責めることを嫌う
野口さんの性格が最もよく表れているのが「失敗」に対する考え方です。
近年のインタビューで野口さんは、極限環境におけるチームワークについて非常に興味深い話をしています。
会社などで失敗が起きたとき、「誰がやったのか」と個人を責め、チェック項目や規則を増やす対応が行われることがあります。
しかし宇宙のような極限環境では、それでは意味がないというのです。
誰か一人を責めるより、
「現在何が起きているのか」
「どうすれば全員が助かるのか」
を共有し、チーム全員で解決することのほうが重要だと語っています。
この考え方からは、野口さんがかなり「問題解決型」の人物であることが分かります。
問題が起きたとき、
「誰が悪い?」
ではなく、
「では、どうする?」
へ頭を切り替える。
これは宇宙飛行士として身についた能力でもあるでしょうが、野口さん自身の性格とも非常に相性が良かったのではないでしょうか。
性格分析⑤ 他人に責任を押しつけない合理主義者
野口さんは、精神論だけで問題を解決しようとする考え方にも批判的です。
組織で問題が起きた際、
「二度と起こさないよう徹底する」
という言葉だけで現場に頑張らせる方法では、長続きしないと指摘しています。
ここから見えるのは、かなり合理的な性格です。
「もっと頑張れ」
「気をつけろ」
「ミスをするな」
ではなく、
「なぜミスが起きたのか」
「システムそのものに問題はないか」
「人間が無理をしなくても安全になる方法はないか」
と考えるタイプなのでしょう。
航空宇宙分野のエンジニア出身という経歴も、こうした思考に影響しているのかもしれません。
性格分析⑥ 実はかなりのチームプレーヤー
宇宙飛行士というと、「超優秀な個人」というイメージがあります。
しかし実際の宇宙飛行では、一人でできる仕事はほとんどありません。
野口さん自身も、極限環境ではリーダーシップだけでなく「フォロワーシップ」、つまり誰かを支える力も必要になると説明しています。
JAXAの宇宙飛行士訓練でも、雪山や密林などでリーダーを交代しながら行動し、互いの信頼関係やチームワークを鍛えます。野口さん自身もこうした訓練に参加しています。
興味深いのは、
「自分がリーダーになる」
だけではなく、
「必要なときには誰かを支える」
ことも同じくらい重要だと考えているところです。
これは野口さんが、「自分が目立つこと」よりも「チームとして成功すること」を優先できる人物であることを示しているように思います。
性格分析⑦ コミュニケーション能力が非常に高い
野口さんのインタビューを見ると、非常に難しい宇宙の話を、身近な例に置き換えて説明する場面が多くあります。
これは単純に頭が良いだけではできません。
自分が理解していることと、
「相手が理解できること」
は別だからです。
野口さんは宇宙での経験を一般の人に伝える際、食事や日常生活、仕事、人間関係など身近な話題をよく使います。
2005年の初飛行後にも、ISSでクルー9人がカレーライスやラーメン、ようかん、チョコレートなどを囲んで食事した時間が良い思い出だったと語っています。
高度な宇宙開発の話だけではなく、「みんなで食事をする楽しさ」を思い出として語るところにも、人との関係を重視する性格が表れているように感じられます。
性格分析⑧ 新しいものを怖がらない
野口さんは、
スペースシャトル
ソユーズ
クルードラゴン
という異なる世代・異なる国の宇宙船に搭乗しました。
特にクルードラゴンは、それまでのNASAの有人宇宙飛行とは違い、民間企業SpaceXが開発した新しいシステムでした。
50代になってから新型宇宙船の訓練に入り、再び宇宙を目指しています。
ここには非常に強い「変化への適応力」があります。
経験を積んだ人ほど、
「以前の方法のほうがいい」
と考えがちです。
しかし野口さんの場合、過去の経験にこだわるより、新しい技術を理解し、新しい環境に適応していく。
こうした姿勢が、3度の宇宙飛行につながったのでしょう。
性格分析⑨ 実は「楽しむ力」がものすごく強い
野口さんの性格を考える上で、見逃せない言葉があります。
2005年、初めての宇宙飛行から帰還した後、野口さんはスペースシャトルの発射から着陸まで「全ての瞬間を楽しむことができた」という趣旨を語っています。さらに「明日にでも国際宇宙ステーションに戻りたい」と話しています。
初飛行では船外活動を3回経験しています。
極めて危険で、失敗が許されない仕事です。
普通なら「無事終わってホッとした」という感想だけでも不思議ではありません。
ところが野口さんは「楽しかった」と感じています。
ここには、
「プレッシャーの中でも面白さを見つけられる」
という非常に強い性格特性があるのではないでしょうか。
プレッシャーに耐えるだけではなく、その環境そのものを楽しめる。
これは長期間にわたって第一線で活躍できた大きな理由の一つだと考えられます。
性格分析⑩ 自分自身を研究対象にできるほど客観的
野口さんの現在の研究テーマを見ると、さらに面白い特徴が分かります。
現在、東京大学先端科学技術研究センターで、自身の長期宇宙滞在経験をもとに、
「地球に帰還した自分」
という視点から、
「宇宙にいた自分」
を捉え直す研究を行っています。
つまり、自分自身の経験や感情を研究対象として客観視しているのです。
これはかなり珍しい能力です。
多くの人は、
「あのとき自分は正しかった」
「あの経験はこういうものだった」
と、自分の経験を固定化しがちです。
野口さんはむしろ、
「自分はなぜそう感じたのだろう?」
と自分自身を一歩引いて観察しています。
心理学的な診断をすることはできませんが、インタビューや現在の研究姿勢からは「内省力が非常に高い人」と見ることができそうです。
野口聡一さんは「鋼のメンタル」ではない?
野口さんを見ると「メンタルがものすごく強い人」という言葉で片付けたくなります。
しかし、インタビューを詳しく読むと少し違います。
野口さんは、
不安を感じない人
ではなく、
「不安があっても、それを認識した上で行動できる人」
なのではないでしょうか。
地球が恋しいことも口にする。
新しい環境には慣れる時間が必要だとも認める。
それでもやるべき仕事はする。
この「感情を消すのではなく、感情と共存しながら行動する」という姿勢こそ、野口さんの本当の精神的な強さなのかもしれません。
野口聡一さんには意外と「庶民的な感覚」がある
華々しい経歴を持ちながら、野口さんの話には妙に親近感があります。
その理由の一つは、宇宙での思い出を語るときにも、専門用語ばかりを並べないからでしょう。
仲間と食べたカレーやラーメンを楽しい思い出として語ったり、「地球が恋しい」と話したりする。
「宇宙飛行士・野口聡一」という特別な存在でありながら、「野口聡一という一人の人間」の部分を隠そうとしません。
それが親しみやすさにつながっているのでしょう。
野口聡一さんはポジティブなのではなく「現実を受け入れて前に進む人」
野口さんを「ポジティブな人」と紹介することもできます。
しかし、もう少し深く見ると、単純な楽観主義とは違うように思います。
危険は危険として認識する。
問題は問題として認識する。
自分の弱さも認める。
その上で、
「では、今できることは何だろう?」
と考える。
失敗した人を責めるのではなく、解決策をチームで考えるという野口さんの姿勢にも、この考え方がよく表れています。
言い換えると、
「現実を直視できる前向きさ」
を持っている人なのではないでしょうか。
野口聡一さんの性格を5つのキーワードでまとめると
インタビューや本人の発言から見える野口聡一さんの性格をまとめると、「好奇心」「謙虚さ」「合理性」「協調性」「内省力」の5つが特に強く感じられます。
中でも特徴的なのは「謙虚さ」と「合理性」の両立です。
ただ控えめなのではありません。
必要なときには自分の経験を使い、判断し、行動する。
しかし、自分だけが正しいとは思わない。
さらに失敗した人を責めるのではなく、チーム全体で原因と解決策を共有する。
宇宙という「一人の失敗が全員の命に関わる環境」で身につけた価値観が、野口さんの人格にも大きな影響を与えているのでしょう。
野口聡一さんが長く活躍できた理由は「能力」だけではない
東京大学大学院を修了し、ジェットエンジン開発に携わり、宇宙飛行士になった野口さん。
経歴だけを見ると、圧倒的な能力の高さに目が向きます。
しかし宇宙飛行士として長く活躍できた理由をインタビューから考えると、知識や体力だけではなさそうです。
新しいことを面白がれる。
初心に戻れる。
弱さを認められる。
他人を責める前に解決方法を考えられる。
リーダーにもフォロワーにもなれる。
そしてプレッシャーの中でも「楽しさ」を見つけられる。
こうした性格が全部合わさって、野口聡一さんという宇宙飛行士を作り上げたのではないでしょうか。
まとめ|野口聡一さんの本当の強さは「柔らかさ」にある
野口聡一さんのインタビューを読み込んでいくと、意外にも「俺についてこい」という強烈なリーダータイプには見えません。
むしろ、
相手の意見を聞く
状況に合わせる
間違いを認める
仲間を頼る
必要なら初心に戻る
という「柔らかさ」が目立ちます。
その一方で、一度やると決めれば、未知の宇宙船にも乗り込み、危険な船外活動にも挑戦する。
柔軟なのに芯が強い。
この一見矛盾した性格こそが、野口聡一さん最大の特徴なのかもしれません。
宇宙飛行士という極限の世界を経験した人物だからこそ、「一人ですべてを背負うことが強さではない」ということをよく知っているのでしょう。
野口さんの発言から見えてくるのは、
「強い人とは失敗しない人ではなく、失敗や弱さを認めながら周囲と前へ進める人」
という人物像です。
これが、野口聡一さんが多くの人から親しまれる理由の一つではないでしょうか。

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