くりぃむしちゅーのプロフィール|学生時代の出会いから「海砂利水魚」、改名、現在までの経歴を徹底紹介

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テレビをつければ、バラエティ番組やクイズ番組、トーク番組などで見かけることの多いくりぃむしちゅー。

上田晋也さんの鋭いツッコミと抜群の司会力、有田哲平さんの自由な発想と独特のボケ。

今では「ベテラン」「大物MC」というイメージも強いお二人ですが、実はその原点は熊本県の高校で出会った同級生でした。

しかも、最初から「くりぃむしちゅー」という名前だったわけではありません。かつては「海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)」として活動し、長い下積みやブレイクを経て現在の地位を築いています。

今回は、「くりぃむしちゅー プロフィール」「上田晋也 有田哲平 学生時代」「海砂利水魚 改名」「くりぃむしちゅー デビュー」などが気になる方に向けて、お二人の出会いから現在までを分かりやすく紹介します。


目次

くりぃむしちゅーのプロフィール

くりぃむしちゅーは、上田晋也さんと有田哲平さんによるお笑いコンビです。

項目上田晋也さん有田哲平さん
名前上田晋也(うえだ しんや)さん有田哲平(ありた てっぺい)さん
生年月日1970年5月7日(56歳)1971年2月3日(55歳)
出身地熊本県熊本県
コンビくりぃむしちゅーくりぃむしちゅー
旧コンビ名海砂利水魚海砂利水魚
主な役割ツッコミ・MCボケ・企画・MC
所属株式会社チャッターボックス株式会社チャッターボックス

現在の所属事務所「チャッターボックス」の公式プロフィールでも、上田さんは1970年5月7日生まれ、有田さんは1971年2月3日生まれと掲載されています。

くりぃむしちゅー公式プロフィール(チャッターボックス)


くりぃむしちゅーの学生時代|上田晋也さんと有田哲平さんは高校の同級生

くりぃむしちゅーの歴史をたどるうえで欠かせないのが、二人の高校時代です。

上田晋也さんと有田哲平さんは、ともに熊本県出身。

そして二人は同じ高校で出会った同級生でした。現在の公式プロフィールにつながる略歴でも、高校時代からの縁がコンビ結成へつながったことが紹介されています。

今ではあまりにも息の合った掛け合いを見せるため、「芸人になってから知り合ったのでは?」と思っている方もいるかもしれません。

しかし実際には、芸能界入りするずっと前からの付き合い。

つまり、くりぃむしちゅーの絶妙な距離感には、高校時代から続く長い関係があるのです。

高校卒業後はいったん別々の大学へ

高校卒業後、二人はそれぞれ大学へ進学します。

ここで面白いのは、

「高校卒業→二人で上京→すぐコンビ結成」

という単純な流れではなかったことです。

いったん別々の道へ進んだ二人が、後に再び芸能界を目指すことになりました。

この遠回りがあったからこそ、「高校の友人」が「仕事上の相方」へ変わっていったともいえそうですね。


デビューのきっかけ|上田晋也さんが有田哲平さんを誘った

二人が芸人になるきっかけについては、上田晋也さんが高校時代の同級生だった有田哲平さんを誘ったことが紹介されています。

そして二人は大学生活から芸能界へと進路を切り替えていきます。

まだ将来が保証されているわけでもない若者が、大学という道を離れてお笑いの世界へ飛び込む――。

現在の成功した姿を知っている私たちからすると簡単に見えてしまいますが、当時としてはかなり大きな決断だったはずです。

最初からスターだったわけではない

もちろん、芸能界入りした瞬間からテレビの人気者になったわけではありません。

二人は若手時代、先輩芸人のもとで経験を積みながら芸人としての力を磨いていきました。

そして1991年12月、「海砂利水魚」を結成したとされています。

そうです。

くりぃむしちゅーの最初の名前は、

「海砂利水魚」

だったのです。


「海砂利水魚」時代|ボキャブラ天国で知名度が急上昇

若手時代のくりぃむしちゅーを語るうえで、重要な番組の一つがフジテレビ系の『ボキャブラ天国』シリーズです。

海砂利水魚は同番組などへの出演によって知名度を高めていきました。

当時は爆笑問題さんやネプチューンさんなど、その後のお笑い界を代表する存在となる芸人たちがしのぎを削っていた時代。

そんな中で海砂利水魚も存在感を発揮しました。

現在の上田さんからは「名司会者」の印象が強く、有田さんからは「企画力のあるベテラン」という印象を受けますが、原点はまさに若手芸人として笑いを競っていた時代だったわけです。


海砂利水魚から「くりぃむしちゅー」へ改名

そして二人の芸人人生を大きく変える出来事が起こります。

2001年10月、「海砂利水魚」から「くりぃむしちゅー」へ改名。

きっかけはTBS系『新・ウンナンの気分は上々。』の企画でした。

当時「バカルディ」から改名したさまぁ~ずとの対決に海砂利水魚が敗れたことで、新しいコンビ名を名乗ることになったのです。

今となっては「くりぃむしちゅー」が当たり前ですが、本人たちにとっては衝撃的だったようです。

有田さんは後年、改名した当時について「もう終わったと思った」ほどの心境だったことをテレビで振り返っています。

長年使ってきた芸名が、テレビ番組の企画で突然変わるのですから無理もありません。

ところが――。

この改名が結果的には、二人の芸人人生における大きな転機となっていきました。


2003年、上田晋也さんが「うんちく王」で大ブレイク

くりぃむしちゅーへの改名後、上田晋也さんに大きなチャンスが訪れます。

2003年、テレビ朝日系『虎の門』の企画「うんちく王決定戦」で注目を集めたのです。

豊富な知識と抜群の話術。

そして何より、話をまとめて相手に伝える能力の高さ。

この時期から上田さんは単なる「お笑いコンビのツッコミ」だけではなく、

「司会もできる芸人」

として急速に存在感を増していきます。

現在、上田さんが数多くの番組でMCを担当していることを考えると、「うんちく王」は現在につながる重要な転換点だったといえるでしょう。


2004年『くりぃむナントカ』スタート

2004年10月には、テレビ朝日系で『くりぃむナントカ』がスタート。

改名後初となる冠番組でした。

ここでは上田さんの進行力だけでなく、有田さんの企画力や独特の笑いのセンスも存分に発揮されます。

長年くりぃむしちゅーと番組制作をしてきたテレビ朝日のプロデューサーは、二人について、それぞれピンでも面白く、二人が合わさることで唯一無二の面白さを持つ「強いコンビ」という趣旨で評価しています。

ここが、くりぃむしちゅーの強さなのでしょう。

上田さんだけが売れたわけでも、有田さんだけが売れたわけでもありません。

「個人で成立する二人がコンビになると、さらに強い」

という珍しいタイプのコンビへ成長していったのです。


『オールナイトニッポン』でも人気コンビに

2005年7月にはニッポン放送で『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』がスタートしました。

テレビとはまた違った、二人の自由なトークが魅力。

高校時代から知っている二人だからこそ出せる、どこか同級生同士のような空気感も人気の理由の一つでしょう。

2023年の『オールナイトニッポン55時間スペシャル』でも二人は共演し、長年続いてきた二人ならではのエピソードを披露しています。


『しゃべくり007』などで全国区の人気MCへ

さらに、くりぃむしちゅーを幅広い世代に知らしめた代表的な番組の一つが、日本テレビ系『しゃべくり007』です。

2008年にスタートした同番組では、ネプチューン、チュートリアルとともに出演。

ゲストとの即興的なトークから笑いを引き出すスタイルで、くりぃむしちゅーのトーク力が存分に発揮されました。

特に上田さんの、

「ゲストの話を引き出しながら、瞬時にツッコミを入れる能力」

はMCとして大きな武器になりました。

一方、有田さんは予定調和から外れる発言や突然のボケによって、トークそのものを別方向へ展開させます。

この「まとめる上田さん」と「崩す有田さん」という関係性こそ、くりぃむしちゅーらしさなのかもしれません。


くりぃむしちゅーの現在|2026年も第一線で活躍

2026年現在も、くりぃむしちゅーのお二人は芸能界の第一線で活動しています。

現在の所属先は株式会社チャッターボックス。同社公式サイトでも、くりぃむしちゅーは所属タレントとして掲載されています。

長いキャリアを経た現在では、コンビ活動だけでなくそれぞれが単独でもMC・バラエティ・スポーツ・ドラマなど幅広い分野で活躍するスタイルが定着しました。

特に上田さんは司会・MCとしての評価が高く、一方の有田さんも自身の企画色を生かした番組などで独自のポジションを築いています。

それでも二人が並んだときには、高校時代から続く関係ならではの遠慮のない掛け合いが健在。

芸歴を重ねても「ベテランらしく落ち着きすぎない」のが、くりぃむしちゅーの魅力ではないでしょうか。


くりぃむしちゅーの経歴を時系列で整理

最後に、二人の歩みを簡単にまとめてみましょう。

時期主な出来事
高校時代熊本県の高校で上田晋也さんと有田哲平さんが出会う
高校卒業後それぞれ大学へ進学
1991年「海砂利水魚」を結成し、本格的に芸人として活動
1990年代『ボキャブラ天国』シリーズなどで人気を獲得
2001年『新・ウンナンの気分は上々。』の企画をきっかけに「くりぃむしちゅー」へ改名
2003年上田さんが『虎の門』の「うんちく王決定戦」で注目される
2004年『くりぃむナントカ』スタート
2005年『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』スタート
2008年『しゃべくり007』スタート
2010年代~コンビだけでなく、それぞれMC・冠番組などで活躍
2026年現在チャッターボックス所属。コンビ・個人とも第一線で活動

※結成年については媒体によって「1990年」とするプロフィールもありますが、お笑いナタリーなどでは1991年12月に海砂利水魚を結成とされています。

本記事では具体的な年月が示されているこちらを基準にしています。


まとめ|高校の同級生から芸能界を代表するコンビへ

くりぃむしちゅーの経歴を振り返ると、最初から順風満帆だったわけではないことが分かります。

高校時代に出会った上田晋也さんと有田哲平さんは、それぞれ大学へ進んだ後に芸人の道を選択。「海砂利水魚」として活動し、『ボキャブラ天国』などで知名度を高めました。

そして2001年、テレビ番組の企画によってまさかの「くりぃむしちゅー」への改名。

本人たちさえ不安を感じた改名でしたが、その後は上田さんの「うんちく王」ブレイク、『くりぃむナントカ』『しゃべくり007』などを通じ、全国区の人気コンビへ成長しました。

何より興味深いのは、高校時代からの友人関係が30年以上にわたる芸能活動へつながっていること。

司会者として場をまとめる上田さん。

独特の発想でその流れを壊して笑いに変える有田さん。

正反対にも見える二人だからこそ、現在まで「くりぃむしちゅー」というコンビが支持され続けているのかもしれません。

主な参考資料: くりぃむしちゅー公式プロフィール/株式会社チャッターボックス、お笑いナタリーのプロフィール 、ORICON NEWSのプロフィール 、デイリースポーツの改名エピソード 。

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