声優・俳優・歌手としてマルチに活躍する宮野真守(みやの まもる)さん。
その圧倒的な表現力とカリスマ性で、アニメファンのみならず多くの人を惹きつけています。
そんな彼の才能は、いつどこで芽生えたのでしょうか?
今回は、宮野真守さんの幼少期から芸能界デビューに至るまでの道のりをひもといていきます。



幼少期は“歌と演技”に夢中な少年
宮野真守さんは1983年6月8日生まれの41歳、埼玉県大宮市(現・さいたま市)に生まれました。
身長182cm、体重72kg。
幼い頃から歌やお芝居が大好きな少年で、人前で何かを表現することに喜びを感じていたそうです。
保育園の発表会や、学校の学芸会などではいつも主役を任される存在。
演じること、歌うこと、笑わせること……そんな“エンタメ魂”は、すでに幼少期から芽生えていたんですね。

宮野真守の家族構成
宮野真守さんは4人家族で育ちました。家族構成は以下の通りです:
- 父
- 母
- 兄(3歳年上、宮野翔太さん)
- 本人(宮野真守さん)
埼玉県の家庭で育った宮野さんは、愛情あふれる家族の中でのびのびと育ちました。
今でも「家族が大好き」と公言しており、家族とのエピソードもたびたびメディアで披露しています。

お兄さんとの絆——“マモ”の原点はここに?
宮野さんには、3歳年上のお兄さんがいます。小さい頃から仲が良く、まるで親友のような関係だったそう。

芸名 | 宮野 翔太 |
芸名フリガナ | みやの しょうた |
性別 | 男性 |
生年月日 | 1982/1/29 |
星座 | みずがめ座 |
干支 | 戌年 |
血液型 | B |
出身地 | 埼玉県 |
身長 | 171 cm |
靴のサイズ | 25.5 cm |
プロフィール | 俳優としてドラマ・CM・舞台と幅広く活動。主な出演番組は、NHK『大河ドラマ「琉球の風」』奇羅波丸役、『大河ドラマ新銀河「つばさ」』神谷翼役、フジテレビ『振り返れば奴がいる』加藤順一役、日本テレビ『ザ・シェフ』、CM『鉄板麺』少年役、舞台『平賀源内リターンズ~バリケードの向こう側~』高島信一役など。また、ラジオ『ナタデココ通信』ではメインパーソナリティを務める。 |
代表作品1 | NHK『大河ドラマ「琉球の風」』奇羅波丸役 |
代表作品2 | NHK『大河ドラマ新銀河「つばさ」』神谷翼役 |
代表作品3 | テレビ大阪『開局10周年記念番組「古賀政男物語」』古賀政男役 |
職種 | 俳優・女優・タレント |
趣味・特技 | スポーツ観戦/レトロゲーム/浦和レッズ/津軽三味線/西武ライオンズ(熱く語れる) |
お兄さんは宮野さんの“笑いのツボ”や“テンション芸”のルーツでもあると言われていて、子どもの頃は一緒に「変なキャラごっこ」をして遊んでいたとか。
この兄弟ノリが、後の宮野さんのエンタメ力につながっているのかもしれません。
さらに、お兄さんが先に劇団ひまわりに入っていたことが、宮野さんが芸能の道に進むきっかけのひとつにもなりました。まさに兄の背中を追って歩んだ道だったんですね。

両親との絆——母のすすめで始まった芸能人生
芸能界に足を踏み入れたきっかけは、お母さんのすすめ。
宮野さんが小学生の頃、演技や表現が好きな息子の可能性を信じて、劇団ひまわりへの入団を後押ししたのが母親でした。
「いつも味方でいてくれた」「自分のやりたいことを応援してくれた」と、宮野さんは語っています。
また、学生時代に仕事と学校を両立する日々を支えてくれたのもご両親。
夜遅くまでのレッスンや収録に付き添ってくれた母親の姿には、何度も感謝の気持ちを口にしています。

結婚・子どもについても家族第一の姿勢
2008年、宮野さんは一般女性との結婚と第一子の誕生を発表しました。
当時はアイドル的な人気もあり、ファンの間で大きな話題となりましたが、彼は何よりも“家族を守る”という強い覚悟を見せました。
発表の際、「命を授かり、守るべき存在ができたことは、本当に幸せ」と語り、多くのファンに真摯な想いを伝えました。
それ以降も私生活について多くは語りませんが、“家庭を大切にする父親”としての姿勢が、彼の人柄をより深く感じさせてくれます。
2023年に15年続いた結婚生活を終え、奥様とは離婚されています。

まとめ:家族との絆が宮野真守をつくった
表現力、ユーモア、情熱、そして人を惹きつける力——それらすべての原点には、宮野真守さんを支えた家族の存在がありました。
いつも明るくエネルギッシュな宮野さんの内側には、家族に育まれたやさしさと強さが宿っているのかもしれませんね。これからも、そんな彼の“人間力”に注目していきたいです。

映画『タイタニック』で吹き替え声優デビュー!
宮野真守さんが声優として初めて注目を集めたのは1998年、15歳のとき。
大ヒット映画『タイタニック』の主人公・ジャック(レオナルド・ディカプリオ)の日本語吹き替えを担当したのです。
これが彼の声優としてのデビュー作となりました。
初めてとは思えないほどのナチュラルな演技で、プロの現場でも一目置かれる存在に。
その後も、声優としてアニメ作品や洋画吹き替えなど、着実にキャリアを積んでいきます。

高校時代も演劇に夢中!そして本格デビューへ
高校時代も、学校の演劇部やミュージカルに積極的に参加。演技の実力に加え、歌唱力も磨かれていきます。
2001年には、アニメ『私はケイトリン』でテレビアニメ初主演を果たし、声優としてのキャリアを本格的にスタート。
以降、『DEATH NOTE』(夜神月役)や『機動戦士ガンダム00』(刹那・F・セイエイ役)など、代表作を次々と生み出し、唯一無二の声優としての地位を築いていきました。

声優としてのこだわり:役の背景を深く掘り下げる
宮野さんは、声優という仕事に対して「人物の環境が生む真実」が声に繋がると語っています。
彼は、キャラクターの背景や心情を深く理解することで、よりリアルな演技を目指しているのです。
このようなアプローチが、彼の演じるキャラクターに深みを与え、多くのファンを魅了しています。

アーティストとしての挑戦:音楽活動15周年を迎えて
2022年に音楽活動15周年を迎えた宮野さんは、「歌だから伝えられることがある」と語っています。
彼は、音楽を通じて自身の思いや感情を表現し、ファンとの絆を深めてきました。
ライブパフォーマンスでは、観客との一体感を大切にし、毎回新たな挑戦を続けています。

俳優としての喜び:表現者としての楽しさ
俳優業にも積極的に取り組む宮野さんは、「表現者としては楽しくてしょうがない」と語っています。
彼は、役を通じてさまざまな感情や物語を表現することに喜びを感じており、その姿勢が彼の演技に深みを与えています。

エンターテイナーとしての原点:寂しがりやな少年時代
宮野さんは、自身のエンターテイナーとしての原点について、「寂しがりやだった」と語っています。
子供の頃、周囲を笑わせることで自分の存在を感じていた彼は、その経験が現在のサービス精神や表現力の源になっていると述べています。

おわりに:すべての原点は“表現することが好き”という気持ち
幼い頃から「表現すること」が大好きだった宮野真守さん。
その原点は今でも変わることなく、声優として、俳優として、アーティストとして、さまざまなステージで光り続けています。
デビューまでの道のりには、家族の支えや、努力と情熱がしっかりと詰まっていたんですね。
これからも、唯一無二の“エンターテイナー”として、私たちに夢と感動を届けてくれることでしょう。






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