矢吹奈子さんのプロフィール・家族構成まとめ!3姉妹の真ん中で母・妹と福岡へ移住した家族愛と意外な素顔
HKT48、そして日韓合同グループIZ*ONEで活躍し、現在は俳優・タレントとして活動の幅を広げている矢吹奈子さん。
小柄でかわいらしいイメージが強い矢吹奈子さんですが、実は小学6年生で家族と離れて福岡へ移住したり、韓国を拠点に活動したりと、かなり行動力のある人生を歩んできました。
そして、その挑戦を支えてきたのがご家族です。
今回は「矢吹奈子さんのプロフィール」「家族構成」「父親・母親・姉・妹とのエピソード」、さらに思わず「そんな一面もあったの?」と言いたくなる面白い・意外なエピソードまで詳しく紹介します。
矢吹奈子さんのプロフィール
名前:矢吹 奈子(やぶき なこ)さん
生年月日:2001年6月18日(25歳)
出身地:東京都
身長:150cm
職業:俳優、タレント
元所属グループ:HKT48、IZ*ONE
所属事務所:TWIN PLANET
主な活動:ドラマ、映画、バラエティ、モデル、イベントなど
矢吹奈子さんは東京都出身です。
「HKT48の奈子ちゃん」という印象が強いため、福岡県出身だと思っていた方も多いのではないでしょうか。
実際、2026年4月にテレビ番組で「東京です」と明かした際にも、その場で驚きの声が上がりました。
矢吹奈子さんは2013年、小学6年生のときにHKT48の3期生オーディションに合格。
その後、2018年にはオーディション番組「PRODUCE 48」に参加し、IZ*ONEのメンバーとして韓国でも活動しました。
IZ*ONEでの活動終了後はHKT48へ戻り、2023年にグループを卒業。卒業時には「一番興味があるお芝居をメインにしていきたい」と今後について語っていました。
現在はアイドル時代の経験を生かしながら、俳優やタレントとして新しいキャリアを築いています。
矢吹奈子さんの家族構成は5人家族
矢吹奈子さんの家族について、本人が明かしている情報を整理すると、
父親
母親
姉
矢吹奈子さん
妹
という5人家族で、矢吹奈子さんは「3姉妹の真ん中」です。
ここで注意したいのは、ご両親や姉妹は基本的に一般の方だということ。
ネット上には父親の職業などについてさまざまな情報がありますが、確かな裏付けのない噂については事実として扱わないほうがよいでしょう。
それよりも注目したいのが、矢吹奈子さんの芸能人生を支えた家族の行動です。
母親は12歳の奈子さんと一緒に福岡へ
矢吹奈子さんの家族エピソードの中でも特に印象的なのが、HKT48加入時の母親の決断です。
矢吹奈子さんはもともとAKB48のファンで、特に指原莉乃さんに憧れていました。
握手会に参加した際、指原さんから「AKBになれるよ」という趣旨の言葉をかけてもらったことが、アイドルを目指す大きなきっかけになったそうです。
そしてHKT48のオーディションに合格。
しかし、当時の矢吹奈子さんはまだ小学6年生です。
東京から福岡へ移らなければなりません。
そこで母親は奈子さんの夢を応援するため、一緒に福岡へ移住しました。
矢吹奈子さん自身も卒業前のインタビューで、HKT48のオーディションを受けたいと言ったときに家族が背中を押してくれ、母親が福岡についてきてくれたことを振り返っています。
12歳の娘の夢のために生活環境を大きく変えるというのは、簡単にできる決断ではありません。
奈子さんの活躍の裏側には、お母さんの大きなサポートがあったことが分かります。
父親と姉は東京に残って応援
一家全員で福岡へ移住したわけではありません。
当時、父親とお姉さんは東京に残り、母親・奈子さん・妹さんの3人が福岡へ移りました。
つまり矢吹家は、奈子さんのHKT48加入をきっかけに、
「父親・姉=東京」
「母親・奈子さん・妹=福岡」
という形で離れて暮らすことになったわけです。
家族全体が奈子さんの夢を支えるために生活を変えた、と考えるとかなり大きな出来事だったことが分かります。
奈子さんは後に、父親についても「見守って応援し続けてくれていました」と語っています。
お姉さんとは大人になってから距離が縮まった?
矢吹奈子さんには年齢の離れたお姉さんがいます。
2025年のTOKYO FMのインタビューでは、3姉妹の真ん中として育ったことに触れ、お姉さんとは年齢がかなり離れているものの、自分が大人になるにつれて感覚が合うようになってきたと話しています。
これは3姉妹ならではの面白い関係ですね。
幼いころは年齢差が大きく感じられても、20代になるとその差が気にならなくなり、姉妹というより友達に近い関係になることもあります。
奈子さんとお姉さんも、成長とともに関係性が少しずつ変わっていったようです。
妹さんはかなりのK-POP好き
そして面白いのが妹さんとのエピソードです。
妹さんはK-POPが大好きなのだそう。
普通なら「お姉ちゃんがIZ*ONEだった」という時点で、かなり特別な環境ですよね。
ところが妹さんは、奈子さんに頼るのではなく、自分で普通にK-POPアーティストのファンミーティングへ行くことがあるそうです。
しかも奈子さんに言わずに行ってしまうのだとか。
姉が世界的に人気を集めたK-POPグループの元メンバーなのに、妹さんは妹さんで普通に「推し活」を楽しんでいる。
矢吹家の自然体な雰囲気が伝わってくる、ほほ笑ましいエピソードです。
家族旅行で韓国へ行ったときの意外な思い出
矢吹奈子さんと韓国といえばIZONEを思い浮かべますが、実は初めて韓国へ行ったのはIZONE加入よりずっと前。
小学生時代の家族旅行でした。
そのとき母親とお姉さんは韓国コスメなどのショッピングを楽しんでいたそうですが、幼かった奈子さんはショッピングにはそれほど興味がなかったようです。
では何をしていたのかというと……
父親と妹さんと一緒に、2泊3日の旅行中「ずっとアイススケートをしていた」と振り返っています。
後に韓国を拠点にIZ*ONEとして活動する少女が、最初の韓国旅行ではコスメや芸能ではなくアイススケートに夢中だったというのは、なかなか面白いエピソードですね。
実は家族でインコを3羽飼っている
さらに矢吹家には、かわいい「家族」がいます。
矢吹奈子さんはインタビューで、セキセイインコを3羽飼っていることを明かしています。
名前は、
ぴっコロ
ちびコロ
ハナちゃん
だそうです。
しかも、このインコたちがかなり面白い。
「こんにちは」などの言葉を覚えるだけでなく、なんとお父さんの咳払いまでマネするのだとか。
奈子さんによると、突然おじさんのような咳払いを始めるそうで、この話を笑いながら披露しています。
家の中でインコからお父さんそっくりの咳払いが聞こえてきたら、確かに笑ってしまいそうですね。
奈子さんはインコたちを「癒し」の存在として、とてもかわいがっているようです。
矢吹奈子さんの意外なエピソード① もともとは指原莉乃さんの大ファン
今では芸能界で長いキャリアを持つ矢吹奈子さんですが、スタート地点は「アイドルになりたい少女」であると同時に「アイドルファン」でした。
特に憧れていたのが指原莉乃さん。
握手会にも参加するほどのファンでした。
その憧れの人と後にHKT48で同じグループになったのですから、かなりドラマチックな展開です。
しかも指原さんは、単なる憧れの先輩ではなく、奈子さんを時には厳しく指導する存在になりました。
意外なエピソード② 指原莉乃さんから叱られていた
奈子さん本人によれば、HKT48時代には指原莉乃さんから「いろいろ叱られた」のだそうです。
小学6年生からHKT48に入り、思春期をグループの中で過ごした奈子さん。
同年代のメンバーと少し喧嘩のようになった際には、指原さんから、自分のほうが大人になることや、思ったことを何でも口に出すべきではないということを教えられたと振り返っています。
興味深いのは、奈子さんが指原さんとの関係を、単なる先輩・後輩以上のものとして捉えていること。
長い時間を一緒に過ごしたため、「親と子」のような関係でもあったと語っています。
ファンだった少女が憧れの人と同じグループに入り、その人から人生について教えられる。
矢吹奈子さんの成長を語るうえで欠かせないエピソードでしょう。
意外なエピソード③ 12歳だったからこそ福岡へ行けた
東京育ちの小学6年生が、アイドルになるために福岡へ移住する。
大人になってから考えると、かなり勇気のいる決断です。
ところが奈子さん自身は2026年のテレビ出演で、
「小6だったからこそ勇気が出たんだと思います」
という趣旨の振り返りをしています。
これは奈子さんらしいエピソードかもしれません。
先のことを考えすぎるより「やってみたい」という気持ちで飛び込んだ12歳の決断が、その後のHKT48、IZ*ONE、そして俳優としての人生につながっていきました。
アイドル卒業後は「俳優・矢吹奈子」へ
HKT48卒業後の奈子さんが特に力を入れているのがお芝居です。
卒業前から「一番興味があるお芝居をメインにしていきたい」と明確に語っていました。
アイドル時代とは違う表情を見せることについても、ドラマ出演時のインタビューで「アイドルの時に見られなかったような表情にも注目してほしい」と語っています。
HKT48、IZ*ONEという大きな肩書きを持っているからこそ、それに頼るのではなく「俳優・矢吹奈子」として評価されたいという思いも感じられます。
矢吹奈子さんの家族エピソードから分かること
矢吹奈子さんについて調べていくと、「家族の支え」が彼女の芸能人生にかなり大きな影響を与えていることが分かります。
12歳の娘の夢を応援して福岡へ同行したお母さん。
東京に残りながら娘を応援し続けたお父さん。
離れて暮らすことになったお姉さん。
そして母親・奈子さんと一緒に福岡へ移った妹さん。
HKT48への加入は奈子さん本人だけではなく、家族全員の生活を変える出来事でした。
それでも家族が彼女の挑戦を応援したからこそ、HKT48からIZ*ONE、さらに現在の俳優活動へとつながっていったのでしょう。
まとめ|矢吹奈子さんは3姉妹の真ん中!家族の応援を力に世界へ羽ばたいた
矢吹奈子さんは、父親・母親・姉・奈子さん・妹の5人家族で、3姉妹の真ん中です。
小学6年生でHKT48に合格すると、お母さんと妹さんが奈子さんとともに福岡へ移住。一方、お父さんとお姉さんは東京に残り、離れた場所から活動を支えました。
その後、奈子さんはIZ*ONEとして韓国でも活躍。
家族旅行で初めて韓国を訪れた少女が、後に韓国を拠点とする人気グループのメンバーになるのですから、人生は分からないものですね。
また、K-POP好きなのに姉に頼らず自分で推し活する妹さんや、お父さんの咳払いをマネするインコなど、矢吹家には親しみを感じさせるエピソードもたくさんあります。
かわいらしい外見とは対照的に、12歳で東京から福岡へ移り、その後は韓国にも活動の場を広げてきた矢吹奈子さん。
現在は「アイドルの奈子ちゃん」から「俳優・矢吹奈子さん」へと新しい道を歩んでいます。
これからどんな役柄や新しい表情を見せてくれるのか、今後の活躍にも注目したいですね。
矢吹奈子さんの性格は?インタビューから見えた「芯の強さ」と気配り上手な素顔を徹底分析
HKT48、IZ*ONEでの活動を経て、現在は俳優・タレントとして活躍する矢吹奈子さん。
ステージ上では明るく愛らしい笑顔を見せることが多いため、
「天真爛漫な性格なのかな?」
という印象を持っている方も多いかもしれません。
ところが、これまでのインタビューをじっくり読んでいくと、矢吹奈子さんは単純な「明るくてかわいい人」ではありません。
むしろ、
周囲をよく観察する繊細さ
自分の考えを持って行動する芯の強さ
環境に溶け込む適応力
人との距離を縮めるコミュニケーション力
自分には厳しい努力家気質
といった、かなり奥行きのある性格が見えてきます。
今回は、矢吹奈子さん本人の過去のインタビューや発言をもとに、彼女の性格を深掘りしてみました。
なお、この記事で紹介する「性格」は本人の発言や公開されたエピソードから読み取れる傾向を分析したもので、心理学的な診断ではありません。
矢吹奈子さんは「明るく見えるけれど実は落ち着いている」
矢吹奈子さんの性格を知るうえで、非常に興味深い本人の発言があります。
IZ*ONE時代のインタビューで、
「キャッキャしていると思われるんですけど、本当は落ち着いているんです」
と自分の性格について説明しています。
これは矢吹奈子さんを理解するうえで大きなポイントでしょう。
テレビやステージでは、笑顔が多く、リアクションもしっかりしているため「いつも元気いっぱい」という印象があります。
しかし本人の自己認識は少し違います。
つまり矢吹奈子さんには、
「人前で見せる明るい奈子さん」
と
「普段の落ち着いた奈子さん」
という二つの顔があるようです。
芸能界で長く活動してきた人らしく、場面に合わせて自分のテンションを自然に調整できるタイプなのかもしれません。
矢吹奈子さんはかなりの「気配りタイプ」
矢吹奈子さんの性格で特に印象的なのが、相手の気持ちを察する能力です。
IZ*ONEメンバーのカン・ヘウォンさんは、奈子さんについて、
「相手の気持ちを理解することができる」
という趣旨の評価をしています。
身近で長期間一緒に活動したメンバーからこのように評価されていることは興味深いですね。
しかも矢吹奈子さん自身、恋愛番組について語ったインタビューでも、人の言葉や行動をかなり細かく観察しています。
男性出演者が女性にどんな言葉をかけたのか、相手がどんな態度を取ったのか、二人の距離感がどう変化しているのかまで具体的に分析していました。
これは単に番組好きというだけではなく、
「相手が今どう感じているのか」
を自然に考える癖があるとも考えられます。
矢吹奈子さんは、意外と「人を見る人」なのかもしれません。
矢吹奈子さんは誰とでも仲良くなれる?高いコミュニケーション能力
IZ*ONE時代の奈子さんについて語られることが多かったのが、そのコミュニケーション能力です。
グループには日本人と韓国人のメンバーがいましたが、奈子さんは韓国語を積極的に身につけていきました。
本人によると、教科書だけで勉強するというより、メンバーとおしゃべりしながら自然に言葉を覚えるのが得意だったそうです。
最終的には韓国ドラマを字幕なしで見られるほどになったと話しています。
これは語学力だけの問題ではありません。
外国語を話すとき、多くの人は、
「間違えたら恥ずかしい」
「変な発音だったらどうしよう」
と考えてしまいがちです。
しかし奈子さんは、人と話すことそのものを楽しみながら覚えていったようです。
この姿勢からは、
失敗を恐れすぎない
相手の懐に自然に入れる
人間関係から学ぶのが得意
という性格が見えてきます。
「自分から歩み寄る」という考え方
IZ*ONE時代のインタビューでは、人と仲良くなる秘訣について、
「自分から先に歩み寄ることが大事」
という考えも語っています。
これは非常に奈子さんらしい言葉です。
人間関係では、
「向こうから話しかけてくれたら話す」
という人も少なくありません。
一方、奈子さんは自分から距離を縮めます。
このタイプは、環境が大きく変わったときにも強い傾向があります。
東京から福岡。
日本から韓国。
アイドルから俳優。
奈子さんは人生の中で何度も大きな環境変化を経験しています。
そのたびに新しい人間関係を作ることができた背景には、「自分から歩み寄る」という姿勢があったのでしょう。
実はかなり「考えすぎるタイプ」
ただし、奈子さんは何でも楽天的に考えるタイプというわけではありません。
IZ*ONE時代、メンバーのカン・ヘウォンさんについて語った際、
自分は細かいことをいろいろ気にして、ストレスを抱えやすいという趣旨の発言をしています。
これは非常に興味深い一面です。
いつもニコニコしているため、悩みを引きずらないタイプに見えますが、実際には細かな部分まで考えてしまうところがあるようです。
つまり奈子さんは、
明るい=何も考えていない
というタイプではありません。
むしろ、
「周囲をよく見るからこそ、いろいろ気になってしまう」
タイプなのではないでしょうか。
気配りができる人ほど、
「あの言い方でよかったかな」
「相手は嫌な気持ちにならなかったかな」
と後から考えてしまうことがあります。
奈子さんの優しさと繊細さは、実は表裏一体なのかもしれません。
矢吹奈子さんは「自分に厳しい努力家」
もう一つ注目したいのが、自分自身に対する厳しさです。
韓国で活動を開始した当初、奈子さんは当然ながら韓国語をほとんど話せませんでした。
それでもメンバーとの会話を通じて積極的に覚え、韓国語でコミュニケーションできるレベルまで上達しました。
さらにHKT48へ復帰した後は、韓国で経験したK-POPのダンスやパフォーマンスの知識を後輩たちに伝えています。
インタビューでは、振付を揃えるためにメンバーへアドバイスをしたことなども明かしています。
自分が身につけたものを「自分だけの武器」にするのではなく、グループに還元しようとしているところも印象的です。
韓国から帰国して「支える側」になった
奈子さんはHKT48加入当時、小学6年生でした。
当然、最初は先輩たちから教えてもらう側です。
ところがIZ*ONEで経験を積み、HKT48に戻ったときには立場が変わりました。
今度は後輩たちへ自分の経験を伝える側になったのです。
卒業前のインタビューでも、
「伝えられることは全部伝えてから卒業したい」
という思いを明かしています。
この言葉から感じるのは責任感です。
自分だけが成功して卒業すればいいのではなく、
「自分がいなくなった後のHKT48に何を残せるか」
まで考えているわけです。
21歳前後の若さで、ここまで「次の世代」に意識を向けられるのは、かなり大人びた考え方でしょう。
かわいいイメージとは反対に「決断力」がかなり強い
奈子さんの人生を振り返ると、実は大きな決断を何度もしています。
小学6年生でHKT48に加入。
東京から福岡へ移住。
PRODUCE 48に参加。
IZ*ONEとして韓国へ。
HKT48へ復帰。
そしてHKT48卒業後は俳優へ。
特にHKT48卒業については、家族と長く話し合ったうえで決めたと語っています。
思いつきで行動するというより、
「しっかり考えたら決める」
タイプなのでしょう。
そして一度決めると前へ進む。
この「慎重さ」と「決断力」が同居しているところが、奈子さんの性格の特徴だと思います。
恋愛では意外と「直球タイプ」?
性格を知るうえで面白い発言もあります。
恋愛リアリティー番組に関するインタビューで、
自分が出演するなら駆け引きをするより、好きという気持ちを言葉で伝えると思う
という趣旨の発言をしています。
これは普段の人間関係にも通じる部分がありそうです。
奈子さんは「察してほしい」というより、
「必要なことは伝えたい」
という考え方なのかもしれません。
これはHKT48卒業時の姿勢とも共通しています。
卒業コンサートについても、自分がファンやメンバーへ「伝えたいこと」をしっかり表現できる構成にしたかったと話しています。
奈子さんにとって「言葉にすること」はかなり重要なのではないでしょうか。
卒業コンサートを自分で組み立てた几帳面さ
矢吹奈子さんの性格を知るうえで、卒業コンサートのエピソードも見逃せません。
卒業コンサートでは、自らセットリストを考えています。
約10年間の思い出を限られた時間の中にまとめ、
どんな曲を入れるか
何をファンに伝えるか
昔からのファンが何を感じるか
まで考えながら構成したそうです。
これはかなりのこだわりです。
奈子さんは感覚だけで動くというより、
「全体を設計して完成させる」
ことのできるタイプなのでしょう。
かわいらしい外見からは少し意外ですが、裏ではかなり几帳面なのかもしれません。
「カメレオン俳優になりたい」に表れた向上心
HKT48卒業後、奈子さんは俳優として活動することを選びました。
すでに10年間もアイドルとして活動した実績があります。
普通なら、
「私は芸能界で10年やってきた」
という自信があっても不思議ではありません。
ところが奈子さんは、俳優について、
「ゼロからのスタート」
という意識を持っていると語りました。
そして目標として掲げているのが「カメレオンのような俳優」です。
これはかなり象徴的な発言でしょう。
過去の成功体験にしがみつかず、新しいジャンルでは新人として学び直す。
奈子さんには、
「できるようになった自分」に満足するより、「まだできないこと」を探す傾向があるようです。
不安より「楽しみ」が勝つポジティブさ
一方で、俳優という未知の世界へ進むことについて、
「不安より楽しみの方が大きい」
とも話しています。
ここに奈子さんの強さがあります。
慎重で、細かいことを気にする。
それでも最後は挑戦する。
つまり、
「怖くないから挑戦できる人」
というより、
「不安があっても楽しみを見つけられる人」
なのではないでしょうか。
この違いは大きいでしょう。
「目の前のことを一生懸命」が奈子さんの人生観
IZ*ONE時代、将来の夢について聞かれた奈子さんは、少しユニークな答えをしています。
夢は、
「ずっとニコニコしている可愛いおばあちゃん」
そして、
「今は目の前のことを一生懸命やろうと思っています」
と語っています。
まだ10代だった奈子さんの言葉ですが、現在までのキャリアを見ると非常に一貫しています。
何十年先の壮大な目標を語るより、
「今やるべきことをしっかりやる」
ことを大切にするタイプなのでしょう。
HKT48でも。
IZ*ONEでも。
俳優になってからも。
環境は変わっていますが、その場所で必要とされることに全力で向き合っています。
矢吹奈子さんは「適応能力」が非常に高い
奈子さんを語るうえで、もっと評価されてもいいのが適応能力です。
12歳で東京から福岡。
17歳前後で韓国。
その後は再び日本。
そしてアイドルから俳優。
普通なら一度でも大きなストレスになりそうな環境変化を何度も経験しています。
しかも韓国では言葉も文化も異なりました。
それでも韓国語を学び、メンバーたちとの関係を作っています。
これは単なる「社交的」だけでは説明できません。
奈子さんには、
環境を観察する
その場所のルールを理解する
周囲とコミュニケーションを取る
自分なりの居場所を作る
という能力が高いのでしょう。
芸能界で長く活動できている理由の一つかもしれません。
意外と「笑顔」を戦略的に大切にしている
奈子さんは第一印象で大切なことについて、
「常に笑顔をキープすること」
と答えています。
これは単に「笑うのが好き」という話ではありません。
奈子さん自身が、
笑顔は人との距離を縮める
ということを理解しているのでしょう。
芸能活動を小学6年生から続けてきた経験から、人に与える印象について自然と学んだ可能性もあります。
いつも笑顔の奈子さんですが、その笑顔は性格だけでなく、相手への気遣いでもあるのかもしれません。
緊張したときは人に頼れる
奈子さんには、もう一つ興味深い特徴があります。
コンサート前に緊張すると、メンバーに背中を強く叩いてもらうことがあると話しています。
これは小さなエピソードですが、性格分析としては面白いポイントです。
何でも一人で抱え込むタイプではありません。
緊張したら仲間を頼る。
励ましてもらったら、その力を受け取る。
人に頼れることは、実は精神的な強さの一つです。
奈子さんは、人とのつながりをエネルギーに変えられるタイプなのでしょう。
矢吹奈子さんの性格を一言で表すなら?
ここまでのインタビューを総合すると、矢吹奈子さんは、
「明るく柔らかい雰囲気の中に、繊細さと強い芯を持っている人」
と表現するのが近そうです。
表面的には、
かわいい
明るい
親しみやすい
という印象。
しかし内面には、
人の気持ちを細かく考える
自分自身にも厳しい
新しい環境に飛び込む勇気がある
恩を忘れない
後輩へ経験を残そうとする
未知の仕事でも一から学ぼうとする
という、かなり真面目で責任感の強い部分があります。
矢吹奈子さんが長く愛される理由
HKT48、IZ*ONE、そして俳優。
矢吹奈子さんは活動する場所が何度も変わっています。
それでも根強いファンがいる理由は、単にビジュアルのかわいさだけではないのでしょう。
奈子さんには、人の懐へ自然に入っていく親しみやすさがあります。
一方で、仕事ではきちんと努力する。
そして周囲への感謝を言葉にする。
HKT48卒業前にも、自分の夢を尊重してくれた両親について、大人になってからそのありがたさをより深く理解するようになったと語っています。
こうした「受けた恩を忘れない姿勢」も、多くの人から応援される理由の一つではないでしょうか。
まとめ|矢吹奈子さんは明るいだけじゃない!繊細さと行動力を併せ持つ努力家
矢吹奈子さんのインタビューを掘り下げると、「いつもニコニコしているかわいい人」というイメージだけでは見えてこない素顔が浮かび上がってきます。
本人は実際には落ち着いた性格だと話しており、細かいことを気にしてストレスを感じることもあるようです。
その一方で、
12歳で福岡へ移住し、
韓国で活動し、
韓国語を身につけ、
HKT48へ経験を持ち帰り、
グループを卒業して、
今度は俳優としてゼロから挑戦する。
その人生には、一貫して「行動する力」があります。
矢吹奈子さんは、決して何も悩まない楽天家ではないのでしょう。
むしろ、
「いろいろ考える。でも最後は前へ進む」
という人なのだと思います。
繊細だから周囲に気づける。
慎重だから準備できる。
そして芯が強いから、新しい世界へ飛び込める。
明るさと繊細さ、かわいらしさと度胸。
一見すると正反対に思える要素が同居しているところこそ、矢吹奈子さん最大の魅力なのかもしれません。
今後、俳優としてさまざまな役を経験することで、これまでとはまったく違う一面を見せてくれる可能性もありそうです。

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