【2026年最新】生駒里奈さんのプロフィール&家族構成!父親が乃木坂46入りのきっかけ?意外な素顔や面白いエピソードも


乃木坂46の初期を支え、“生駒ちゃん”の愛称で親しまれてきた生駒里奈さん。
ショートカットの印象的なビジュアルと、飾らない人柄で人気を集め、乃木坂46卒業後は俳優として舞台・ドラマ・映画などへ活動の幅を広げています。
そんな生駒里奈さんについて調べてみると、乃木坂46のオーディションを勧めたのは意外にもお父さんだったことや、ご両親との秋田ドライブ、弟さんとのエピソード、さらに筋金入りの『NARUTO』ファンという一面など、興味深い話がたくさんあります。
今回は、生駒里奈さんのプロフィール、家族構成、家族とのエピソード、そして面白い・意外なエピソードを、できるだけ本人発言や信頼できる媒体をもとに紹介していきます。
生駒里奈さんのプロフィール
まずは、生駒里奈さんの基本プロフィールから見てみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 生駒里奈(いこま りな)さん |
| 生年月日 | 1995年12月29日 |
| 年齢 | 30歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 秋田県 |
| 出身 | 秋田県由利本荘市 |
| 身長 | 153cm |
| 血液型 | AB型 |
| 職業 | 俳優・タレント |
| 元所属グループ | 乃木坂46 |
| 乃木坂46加入 | 2011年・1期生 |
| 乃木坂46卒業 | 2018年 |
| 現在の所属 | 株式会社CRG |
| 業務提携 | A.M.Entertainment |
現在の公式プロフィールでは秋田県出身、身長153cm、血液型AB型と紹介されています。2026年4月にはA.M.Entertainmentから株式会社CRGへ移籍し、A.M.Entertainmentとは業務提携という形になりました。
生駒さんは2011年、乃木坂46の1期生オーディションに合格。
そしてデビュー曲『ぐるぐるカーテン』から5作連続でセンターを務め、乃木坂46がまだ世間に広く知られていなかった時代から“グループの顔”として大きな役割を担いました。
2018年に乃木坂46を卒業してからは、俳優として本格的に活動。2026年にも舞台や朗読劇などへの出演が続いており、アイドル時代とはまた違った表現者としてのキャリアを築いています。
生駒里奈さんの家族構成は?
生駒里奈さんの家族について、本人が公に語っている内容を整理すると、父親・母親・生駒里奈さん・弟さんという家族構成です。
生駒さん自身も誕生日に「お父さん、お母さん」「弟」と家族への感謝をSNSに記しており、家族とのつながりを大切にしている様子が伝わってきます。
| 家族 | 公開されている主な情報 |
|---|---|
| 父親 | 生駒さんに乃木坂46のオーディションを勧めた |
| 母親 | 生駒さんを21歳のときに出産したと本人が発言 |
| 生駒里奈さん | 長女 |
| 弟さん | 生駒さんの弟。一般人 |
| 祖父 | 生駒さんが両親と一緒に秋田をドライブしたことも |
一般のご家族については公表されていない部分も多いため、この記事では確認できる範囲の情報だけを紹介していきます。
父親が生駒里奈さんの人生を変えた!乃木坂46入りのきっかけ
生駒里奈さんの家族エピソードで、もっとも印象的なのがお父さんとの話です。
実は、生駒さんが乃木坂46に入ることになった最大のきっかけを作ったのがお父さんでした。
高校1年生だった生駒さんは、学校生活になじめず、部活動にも入らず学校が終わるとそのまま家へ帰る生活を送っていたそうです。
そんな娘さんを心配したお父さんがインターネットで見つけたのが、乃木坂46の1期生オーディションでした。
生駒さんは後に、
「父親が心配して、ネットからオーディションを見つけてきた」
という趣旨の話をしています。
さらに面白いのが、もともとお父さんは芸能界に積極的だったわけではなかったという点。
生駒さん自身、「神様がお父さんを動かしたんじゃないかと思うくらい」の出来事だったと振り返っています。
もし、お父さんがあの日オーディションを見つけていなかったら――。
乃木坂46の歴史そのものが、今とは違ったものになっていた可能性さえありますよね。
さらに意外!父親がオーディションを見つけた理由が面白い
この「父親がオーディションを見つけた話」には、さらに面白い後日談があります。
2023年に生駒さんがテレビ番組で明かしたところによれば、高校生だった生駒さんが家の中で寝転んでテレビを見ていたため、普段お父さんが寝転ぶスペースがなくなってしまったのだそう。
そこでお父さんは食卓付近でパソコンを見ていて、偶然乃木坂46のオーディション情報を発見。
娘に「刺激を与えたい」という思いから勧めた結果、本当に合格してしまいました。
2024年にも生駒さんはこのエピソードを語り、お父さんが
「何の青春もしていない娘に刺激を与えたかった」
という思いを持っていたことを明かしています。
人生を大きく変えた出来事の始まりが、「お父さんのゴロ寝スペースがなかった」というのは、なんとも生駒さんらしいユニークなエピソードですね。
母親とはどんな関係?21歳で生駒里奈さんを出産
生駒里奈さんは、お母さんについてもインタビューで語っています。
2020年のコミックナタリーのインタビューでは、
「私の母は21歳で私を産んでいる」
と明かしていました。
当時24歳だった生駒さんは、お母さんが自分を出産した年齢をすでに超えようとしていることから、結婚や将来について考えるようになったとも話しています。
アイドルとして華やかな世界を経験してきた一方で、「この先どのように生きていくのか」を母親の人生と重ねて考えるところには、生駒さんの現実的な一面が見えますね。
また、生駒さんは自身の「声」について、お母さんからもらった大切なものとして語ったこともあります。
外見だけでなく、自分の声まで親からもらった個性として大切にしているところが素敵です。
生駒里奈さんと両親の仲良しエピソード


乃木坂46卒業後、生駒さんは以前よりも家族と過ごす時間を大切にするようになったようです。
2022年には、地元・秋田県でお父さん、お母さんと3人で男鹿をドライブしたことをInstagramで報告しています。
生駒さんによると、3人で出かけたのは「23年ぶりくらい」。
雲昌寺や入道崎などを巡り、お父さんに写真も撮ってもらったそうです。そして、
「家族との時間も増やしていきたい」
という思いもつづっていました。
15~16歳という若さで秋田を離れ、芸能界で長く活動してきた生駒さん。
大人になってから改めて家族との時間を取り戻そうとしている姿には、どこか温かいものを感じます。
祖父とも仲良し!家族で秋田をドライブ
生駒さんは祖父とも交流があったことを公にしています。
2019年には、
お父さん・お母さん・おじいさんと秋田をドライブした
ことをInstagramで報告。
東京とは時間の流れ方が違うように感じ、久しぶりにゆっくりした一日を過ごせたと語っていました。
また、生駒さんはNHK秋田放送局の記念キャラクターに就任した際にも、
「生まれたふるさとでの時間や家族との時間を作りたい」
と話しています。
芸能活動の原点となった秋田は、生駒さんにとって単なる「出身地」ではなく、家族と自分をつなぐ大切な場所なのでしょう。
弟さんもいる!生駒里奈さんはお姉ちゃん
生駒里奈さんには弟さんがいます。
2019年、24歳の誕生日を迎えた際には、
「お父さん、お母さんありがとう。弟よありがとう」
とSNSで家族への感謝を伝えていました。
弟さんは一般人のため、現在の職業や詳しいプロフィールなど確実に確認できない情報については、ここでは触れません。
ただ、乃木坂46時代の番組では、弟さんがももいろクローバーZのファンであることが紹介されたこともあります。
「姉は乃木坂46なのに弟はももクロ推し」
という構図は、なんとも微笑ましいですね。
家では「国民的アイドルの生駒里奈」ではなく、普通のお姉ちゃんだったのかもしれません。
生駒里奈さんの面白い・意外なエピソード
『NARUTO』が“人生の教科書”というほどの漫画オタク



アイドル時代の姿しか知らない人にとって、意外かもしれないのが生駒さんの筋金入りの漫画・アニメ好き。
特に『NARUTO-ナルト-』への愛は有名です。
テレビ東京のドラマ『オー・マイ・ジャンプ!~少年ジャンプが地球を救う~』出演時には、『NARUTO』について
「人生の教科書」
とまで表現しています。
ドラマでは念願のうずまきナルト姿も披露。
さらに記者会見では、自分を「ただのオタク」と表現しながら、好きなものを追い続ければ夢につながることを伝えたいと語っています。
『NARUTO』作者・岸本斉史先生との対面で涙
生駒さんの『NARUTO』愛が本物だと分かるエピソードがもう一つあります。
2014年、原作者の岸本斉史先生へのインタビューが実現。
生駒さんは前日の夜から興奮して眠れないほど緊張し、実際に対面すると涙があふれてしまったそうです。
トップアイドルとして大勢の芸能人と共演していても、大好きな漫画家を前にすると完全に“一人のファン”になってしまう。
そんな飾らなさも、生駒さんが長く愛されてきた理由なのかもしれません。
実はかなりの人見知りだった
テレビで堂々と話している現在の生駒さんからは想像しにくいですが、もともとはかなりの人見知りだったそうです。
映画撮影で初めて一人で現場に参加した際、緊張して共演者となかなか目を合わせられなかったことも。
ところが、話題が大好きな『週刊少年ジャンプ』になると一気に会話が弾んだそうです。
つまり、
人見知り → 漫画の話になる → 急にしゃべれる
というタイプだったようですね。
このあたりは、漫画好きの人なら「分かる!」と共感できるのではないでしょうか。
乃木坂46加入当初はスカートすら恥ずかしかった
今ではステージで堂々とした姿を見せる生駒さんですが、乃木坂46に入った頃はかなり違っていました。
卒業コンサートのスピーチでは、加入当初について、
「猫背でガニ股だった」
「スカートを着るのも恥ずかしかった」
と振り返っています。
そんな少女がデビュー直後から乃木坂46のセンターを任されるのですから、本人が感じたプレッシャーは相当なものだったでしょう。
しかし7年間の活動を通じ、生駒さん自身が「人間ってこんなに変われるんだ」と実感するほど成長しました。
華やかに見えるアイドル人生の裏側には、こうした地道な変化があったのですね。
乃木坂46卒業時には両親へ「いつか東京に家を」
卒業時のスピーチにも、生駒さんとご家族の関係がよく表れています。
2018年の卒業コンサートで、生駒さんは両親に向けて、
これからも迷惑をかけると思うけれど、いつか東京に家を建てたい
という趣旨の言葉を送りました。
15歳頃から芸能界に入り、長く支えてもらった両親への恩返しを考えていたのでしょう。
父親に勧められて始まった乃木坂46人生。
その卒業の日に、再びお父さんとお母さんへ言葉を届けているところにも、生駒さんにとって家族がどれほど大きな存在だったのかが表れています。
生駒里奈さんは秋田愛もかなり強い
生駒さんを語るうえで欠かせないのが、故郷・秋田県への思いです。
15歳頃に上京したため、若い頃は「秋田をそれほど知らなかった」と語っていますが、大人になるにつれて故郷の大切さを実感するようになったそうです。
NHK秋田放送局の記念キャラクター就任時には、
秋田へ帰るとストレスや緊張感が一瞬で溶ける
という趣旨の話もしていました。
さらに2024年には、地元・秋田の「竿燈まつり」に挑戦する番組にも出演しています。
東京で芸能活動を続けながらも、年齢を重ねるほど故郷と家族への思いが強くなっているようですね。
生駒里奈さんの家族・意外なエピソードまとめ
生駒里奈さんについて調べてみると、華やかな「元乃木坂46センター」という肩書きとは少し違う、素朴で親しみやすい素顔が見えてきました。
特に印象的なのは、学校生活になじめず家で過ごしていた生駒さんを心配したお父さんが乃木坂46のオーディションを見つけたことです。その偶然が、生駒さん本人だけでなく乃木坂46の歴史まで大きく変えることになりました。
そして大人になった現在は、両親と秋田をドライブしたり、「家族との時間を増やしたい」と語ったりと、故郷や家族を改めて大切にするようになっています。
一方では、『NARUTO』を「人生の教科書」と呼び、作者との対面で涙を流すほどの漫画オタク。
家族思いで、少し人見知りで、好きなものにはとことん一直線。
そんな飾らないところこそ、生駒里奈さんの大きな魅力なのかもしれません。
2026年には所属事務所もCRGへ移り、俳優として新たなスタートを切った生駒里奈さん。これからどんな作品や役柄で新しい一面を見せてくれるのか、ますます楽しみですね。
※家族が一般の方である部分については、本人が公表した内容や報道で確認できる範囲を中心に構成しています。ネット上には「実家がお金持ち」「実家は寿司店」「父親の職業」などさまざまな情報がありますが、裏付けが不十分なものは事実として掲載していません。
【生駒里奈さんの性格】インタビューから徹底分析!人見知りだけど芯が強い?努力家で繊細な素顔とは



元乃木坂46の中心メンバーとして活躍し、現在は俳優として舞台やドラマ、映画などに出演している生駒里奈さん。
テレビで見る生駒さんには、「明るい」「面白い」「ハッキリものを言う」といったイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。
しかし、これまでのインタビューをじっくり読み解いていくと、実際の生駒さんはかなりの人見知りで繊細。その一方で、努力することを恐れず、自分自身を客観視できる芯の強さも持っていることが分かります。
そして非常に興味深いのは、「自分は何でもできるタイプではない」と理解したうえで、準備と練習によって弱点を補おうとしているところです。
この記事では、「生駒里奈 性格」「生駒里奈 人見知り」「生駒里奈 努力家」などが気になっている方に向けて、本人のインタビューを中心に、生駒里奈さんの性格を深掘りしていきます。
※以下は本人の発言から読み取れる「性格傾向」を考察したものであり、医学的・心理学的な診断ではありません。
生駒里奈さんの性格を一言でいうと?
さまざまなインタビューを通して見えてくる生駒里奈さんは、
「繊細で人見知りだけれど、弱さを認めたうえで前へ進める努力型の人」
という印象です。
一見すると「繊細」と「強い」は正反対に思えます。
ところが生駒さんの場合、この二つが同居しています。
傷つかない人なのではなく、むしろ人一倍いろいろなことを感じながら、それでも「では自分はどうすれば成長できるのか」を考えるタイプなのでしょう。
特にその性格がよく表れているのが、舞台に対する向き合い方です。
生駒里奈さんはかなりの努力家!「練習してから本番」の人
生駒里奈さんの性格を理解するうえで、非常に重要なキーワードが「準備」です。
2018年のORICON NEWSのインタビューで、生駒さんは自分について、練習しなければできないタイプだからこそ「稽古」が好きだという趣旨の発言をしています。
さらに、できないことに挑戦するほうがやる気が出るとも語っています。
これだけでも、かなり特徴的ですよね。
「得意なことだけやりたい」
ではなく、
「できないから練習する。そしてできるようになる過程が好き」
という考え方なのです。
2025年のインタビューでも変わらない「準備型」の性格
この考え方は、若い頃だけのものではありません。
2025年に掲載されたウォーカープラスのインタビューでも、生駒さんは舞台を「一番安心できる場所」と表現しています。
その理由が興味深く、俳優の舞台では一定期間の稽古があり、しっかり準備してから観客の前に立てることに安心感を覚えたと説明しています。さらに、そのスタイルが自分の性格に合っているとも話しています。
つまり生駒さんは、
勢いだけで勝負する天才肌というより、準備を積み重ねることで自信を作る努力型
なのではないでしょうか。
これは、生駒さんの俳優としての仕事が舞台と非常に相性がいい理由の一つでもありそうです。
実は今でも人見知り!芸能生活が長くても変わらない素顔



生駒里奈さんについて調べていて、何度も登場する言葉があります。
それが、
「人見知り」
です。
乃木坂46時代から人見知りであることを公言しており、2015年には映画『コープスパーティー』の共演をきっかけに乃木坂46以外の友人ができたことを、とても喜んでいました。
2018年のドラマ撮影でも、「最初は人見知り」と本人が話しています。
そして驚くのは、芸能生活が長くなった2025年になっても、その部分は完全には変わっていないこと。
映画『死神遣いの事件帖 終』の舞台あいさつでも、撮影中に人見知りが出てしまったことを明かしています。
芸能界で長く活動すれば、誰とでもすぐ打ち解けられるようになりそうですが、生駒さんはそうではないようです。
だからこそ、テレビで見せる元気いっぱいの姿とのギャップが面白いですよね。
ただの人見知りではない!好きなものがあると一気に距離が縮まる
生駒さんの人見知りには、もう一つ面白い特徴があります。
漫画やアニメなど**「好きなもの」が共通すると、一気に人との距離が縮まる**ことです。
『特捜警察ジャンポリス』で共演していた足立梨花さんは、生駒さんについて、最初はほとんど話してくれないほど人見知りだったものの、お互いがオタクだと分かった途端に仲良くなったと振り返っています。
ここから見えてくるのは、生駒さんが「人そのものが嫌い」というタイプではなさそうだということ。
むしろ、
初対面では慎重だけれど、信頼できる相手や共通点を見つけると一気に心を開くタイプ
なのでしょう。
こういうところに「生駒ちゃんって意外と普通の女の子なんだ」と親近感を感じる人も多いのではないでしょうか。
「万人受けしなくていい」と思える自己肯定感
生駒里奈さんの性格で、個人的に特に印象深いのが「自分らしさ」の受け入れ方です。
乃木坂46時代、生駒さんは周囲のメンバーのようなかわいらしいリアクションをしようとしたこともあったそうです。
しかし、ドッキリを受けたときなど、自分はどうしても大げさに体が動いてしまう。
そこで無理に周囲と同じになろうとするのではなく、
「万人受けしなくていい」
という方向へ考え方を変えていったと振り返っています。
これはかなり重要なエピソードだと思います。
生駒さんは、最初から自分に自信満々だったわけではありません。
周囲を見て、合わせようとして、うまくいかなくて――。
その結果、
「だったら、自分を面白いと思ってくれる人を少しずつ増やせばいい」
という考え方にたどり着いたわけです。
これは単なる開き直りではありません。
自分の欠点も特徴も理解したうえで、他人になろうとすることをやめたということなのでしょう。
自己評価は意外と厳しい!「まだできない」と思える人
生駒里奈さんは、自分自身への評価がかなり厳しいところもあります。
2018年、乃木坂46卒業後に俳優として舞台へ挑戦していた時期のインタビューでは、自分をまだ「修行中」と捉え、不得意なことに取り組むことで成長しようとしていました。
乃木坂46で何度もセンターを務めた人物なら、
「自分は芸能界で十分な経験を積んだ」
と思っても不思議ではありません。
しかし、生駒さんはそう考えなかった。
乃木坂46卒業時にも「もっと上手くなりたい」「さらに先へ進みたい」という思いから、新しい道を選んだことを語っています。
この姿勢を見ると、生駒さんにはかなり強い成長欲求があるように思えます。
「成功したから安心する」のではなく、
「次は何ができるようになるだろう」
と考える。
長く芸能界に残っている理由の一つなのかもしれません。
「できない自分」を受け入れられる強さがある
努力家というと、一般には「自分は何でもできると思っている人」を想像するかもしれません。
生駒さんはむしろ逆です。
例えば2024年、乃木坂46卒業後初となるソロ楽曲についてインタビューされた際にも、自分は歌を得意だとは思っていないと率直に語っています。
そのうえで、企画の流れから生まれた仕事にきちんと取り組み、MVではカメラマンの要求に応えながら、これまでとは違う表情を表現したと説明しています。
ここにも、
「苦手だから逃げる」のではなく、「苦手なのは分かっている。でも求められれば挑戦する」
という性格が表れています。
生駒さんの強さは「弱点がないこと」ではなく、弱点を自覚したまま行動できることなのかもしれません。
実はかなり繊細?過去の経験が役作りにもつながっている
生駒里奈さんは、小・中学生時代について、自分は明るい子どもではなく、いじめられる側だったと過去のインタビューで明かしています。
舞台『かがみの孤城』で、学校に居場所をなくした主人公を演じた際には、自分自身の経験と役柄に似ている部分があると語っていました。
2024年の『西の魔女が死んだ』に関する取材でも、幼少期の経験について改めて話しています。
ここを単純に「暗い性格だった」と片付けるのは違うでしょう。
むしろ、生駒さんが人との距離に慎重だったり、周囲の空気を敏感に感じたりする背景の一つとして、自身の過去を認識していることが分かります。
そして俳優になった現在、その経験を役を理解する材料へ変えているところが印象的です。
過去を消すのではなく、表現者として使う。
これは生駒さんの強さの一つではないでしょうか。
「人を楽しませたい」というサービス精神が強い
生駒里奈さんには、意外に強いサービス精神もあります。
乃木坂46卒業後のインタビューでは、悩んでいる人や疲れている人に元気を与えられる存在になりたいという考えを語っています。
同時に、自分の苦労や努力を必要以上に見せることにも慎重でした。
また乃木坂46時代を振り返った際にも、単に「かわいい女の子」として見てもらうのではなく、自分を見ることで何かプラスになる存在になりたかったと話しています。
つまり生駒さんは、
「自分が目立ちたい」というより、「見た人に何かを持ち帰ってほしい」
と考えるタイプなのかもしれません。
アイドル時代にセンターを任されていたこととも、どこかつながりますね。
責任感が強いからこそ、プレッシャーも抱えやすい?
生駒さんは乃木坂46デビュー直後からセンターを任されました。
卒業時のスピーチでは、加入当初から大きく変化してきたこと、さらに上を目指したくなったことを率直に語っています。
また卒業理由についても、
一人でも社会人としてきちんと生きられる人間になりたい
という考えを明かしていました。
普通なら「女優になりたいから」「新しい夢があるから」と答えそうなところで、まず「一人の人間として成長したい」という発想が出てくる。
ここに、生駒さんの責任感の強さが表れているように感じます。
年齢を重ねて「切り替え上手」になってきた
生駒里奈さんの性格は、もちろん昔からまったく変わっていないわけではありません。
2024年のインタビューでは、年齢を重ねたことで、うまくいかないことがあっても「そういうこともある」と切り替えて次へ進めるようになってきたという趣旨の話をしています。
また、早く30代になりたいとも話しており、年齢を重ねることをネガティブには捉えていない様子でした。
これは、生駒さんにとってかなり大きな変化なのかもしれません。
若い頃は、
「ちゃんとやらなければ」
「もっと上手くならなければ」
と自分自身に厳しかった。
しかし経験を積むことで、
「失敗する日もある。でも次へ行けばいい」
と思えるようになってきたのでしょう。
努力家であることは変わらないけれど、少しずつ自分を追い込みすぎなくなっているように見えます。
地元・秋田と家族が生駒里奈さんの「戻れる場所」
生駒さんの性格を考えるうえで、地元・秋田県も重要です。
生駒さんは秋田へ帰るとストレスや緊張感が和らぐと話し、コロナ禍を経て故郷が自分にとって大切な場所だという思いがさらに強くなったと語っています。
また、故郷で過ごす時間や家族との時間を増やしたいとも話しています。
芸能界では常に人から見られ、評価されます。
そんな環境で長年活動してきた生駒さんにとって、秋田や家族は「生駒里奈という芸能人」ではなく、ただの自分に戻れる場所なのかもしれません。
準備を大切にし、人見知りで、周囲の反応にも敏感な生駒さんだからこそ、安心できる場所の存在は大きいのでしょう。
生駒里奈さんの性格が「親しみやすい」と感じる理由
生駒里奈さんが長く支持される理由の一つは、完璧に見せようとしないところにあるのではないでしょうか。
「人見知りです」
「練習しないとできません」
「歌は得意ではありません」
と、自分の不得意な部分についても比較的素直に話しています。
ところが、その後に必ずと言っていいほど、
「だから努力する」
という姿勢が出てきます。
完璧だから応援したくなるのではない。
不器用な部分を持ちながら前へ進んでいくから、見ている側が共感できる。
それが、生駒里奈さん独特の魅力なのかもしれません。
インタビューから分かる生駒里奈さんの性格まとめ
さまざまなインタビューを読み比べると、生駒里奈さんには大きく5つの特徴が見えてきます。
「人見知りで慎重」「準備を大切にする努力型」「自己分析がかなり冷静」「他人と違う自分を受け入れられる」「人を楽しませたいという責任感が強い」という点です。さらに年齢を重ねるにつれて、以前より物事を切り替えて考えられる柔軟さも身につけているようです。
テレビでは感情豊かで元気いっぱい。
しかし、その裏にはかなり慎重で繊細な本人がいる。
そして、その繊細さを努力や表現へ変える力を持っているところこそ、生駒さんの最大の強みなのでしょう。
乃木坂46でセンターを務めた経験があるにもかかわらず、「まだ学びたい」「もっと上手くなりたい」という姿勢を失わない生駒里奈さん。
「不器用だけれど、だからこそ努力する」――そんな人間味こそが、生駒里奈さんが今も愛され続ける理由なのかもしれません。

コメント